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□冬のおわりと春のはじまり
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外に出て夜空を見上げる。
満天の星。都会でもこんなに星が見えたのかと驚く。
3月にしては冷たい空気。

ああ、だからこんなにも星が綺麗なのか。

そう思うと、急に寒くなったような気がして襟元を掻きあわせた。

この冷たい夜空の下、固く自分の肩を抱き、身を寄せ合って暖をとっている人達を思う。
美しい星空も、その人たちには体温を奪う凶器だ。

ーその人達のために自分は何ができるのか。この、脅威的な自然の前に、何をなせるのか。

自分の無力さに、視線が下がる。
視界に入るのは、冷たいコンクリートと、ギターを弾くための自分の手。

「高見沢みっけー」
屋上のドアが開くと同時に、坂崎の明るい声が響いた。
「何やってるの。こんな寒い所で」
「そう言う坂崎は何やってるんだよ」
「いやぁ、高見沢が上にあがっていくのが見えたからさ。後をつけてみた」
「コーヒーを持って、か?」
坂崎のジャケットのポケットからは、缶コーヒーが覗いている。
「だって寒いじゃん」
そう言って自分のいる手摺りの所までとことことやってきた。ポケットからコーヒーを出すとこちらに差し出す。
「ありがと。これ、冬限定なんだよな」
「あ、そうなの?高見沢最近そればっかり飲んでるからさ」
ぷしっと音を立てて缶のプルタブを引く。隣では坂崎が紅茶の缶を開けていた。
一口飲んで唇を放すと、ふわりと湯気が舞う。
暫くは、飲み物を呑み込む音だけがしていた。

「…坂崎は、自分の考えは纏まった?」
あと2週間でツアーが始まる。
「うん。俺は高見沢の意見に賛成するつもり」
温かい缶を両手で持って、そこから目を離さずに坂崎は応える。
「何だよ。お前の意見は?」
「無い」
「無いって…言い切るなぁ」
呆れて坂崎の顔を見ると、彼はふふふ、と小さく笑った。
視線を空に向ける。
自分も同じように見上げると、先程と同じ星空が広がっていた。
「無いって言うかさ、俺は高見沢と同じ意見だよ」
「同じって…俺が『どっちでもなーい』って言ったらどうするつもりだ?」
「あ〜。そういう答えもあった訳だ」
くるり、と坂崎が体を反転させる。かしゃん、と手すりに缶が当たった。
「高見沢はさ、そんな適当なこと言わないでしょ。今回のことも高見沢は考えて考えて、答えを出すんだろうから。俺に異論は無いよ」
「そりゃ、適当に答えなんか出さないさ。でも、な…」
手元の缶コーヒーに目を落とす。それは外気に熱を奪われ、温くなりかけていた。
こんな僅かな時間で熱が失われるなんて。この元に何時間もいたらどれだけ凍えてしまうのだろう。
「俺は考えてるよ。最善の答えは何か。でも、坂崎や桜井の意向を無視するつもりも無い」
ふふん、と坂崎が鼻で笑った。
それにいくらか気分を害して坂崎を睨む。
だが彼は俺の視線を気にするでもなく、す、っと指を天にむけた。
「『星の光は、何万光年かけて地球にとどいた』」
「え?」
突然の、何かの引用に面食らう。
「『もしかしたら、地球にその光が届いた時、その星は無くなっているかもしれない。けれど、星はそこにある』…だったっけ?」
坂崎の引用は、自分が何年か前のライブでよく言っていたことだった。
「『同じように、僕らはいつもここにいる』だったな。続きは」
「…坂崎って、記憶力いい…」
「あのねぇ、何度も聞いてりゃ憶えますって。そもそもこれ、言葉を変え形を変えで何回も話してるじゃん」

「そう、だったか、な…」


-僕らは、ここにいる

いつも言い続けてきた自分の言葉。
それが、今、こんなにも重い。

こー…ん…と高い音が夜空に響く。
音のした方を向けば、坂崎がフェンスを爪ではじいていた。その爪は、ギターを弾くために短く揃えられている。
自分の爪も、もう一人のメンバーの爪も。
それが、自分たちの持てるものすべて。

「何だ、簡単なことだったんだな…」
ぽつりと呟けば、隣りで坂崎が笑う。
「そう。高見沢は深く考えすぎなの」
「決定を俺に丸投げしたくせに」
「投げてないよ。高見沢の決定に賛成するって言っただけ」
「屁理屈いうな」
顔を見合わせると、どちらからともなく吹き出した。
「さて、戻りますかね」
「うん。…なぁ、坂崎」
「なに?」
「桜井だけ違う意見だったらどうする?」
「それは…ウチらは民主主義だから」
「あ。そうだった」
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