書店

□暖かい部屋で
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楽屋に戻るとひんやりとした空気が体を包んだ。ステージとの温度差に桜井は思わず身震いする。
「それにしても、あそこでフライングするかなぁ」
坂崎が口を開いた。
桜井がちらりと鏡を見ると、髪をタオルで拭きながらにやり、と口の端をあげた坂崎と目があう。その隣には、やはり同じ様に笑う高見沢が。
嫌な予感に桜井は眉をひそめた。
「ほーんと、信じられないな。あんな良い所で先に突っ走って歌い出すなんて」
「ねー」
鏡の中で坂崎と高見沢が顔を見合わせている。

今日は、武道館公演最終日。
坂崎のMCのあとで、ビートルズのナンバー『Ticket to Ride』を演奏したのだが、桜井が二人より一拍早く歌い出してしまった。
「あーあ。せっかくのクリスマスイブなのに」
「全くだな」
「おまけに、テレビカメラだって入ってるのに」
「ほんっと、運のない男」
こんな時、坂崎と高見沢はここぞとばかりに桜井をからかう。容赦なんてものは全く無し。

−四面楚歌。

そんな言葉が桜井の頭に浮かんだ。
「…そこを放送に使うとは限らないだろ…」
とりあえず、反撃を試みるも。
「今はネットの時代だからな。明日にはファンの子殆ど知ってるだろ」
高見沢にあっさり打ち落とされてしまう。
「そうだねぇ。もう、いろんなこと知れ渡ってるでしょ」
やたらと嬉しそうな表情で坂崎が口を開いた。
「初日の、素晴らしい高見沢の横転とか。二日目の『星空のディスタンス』のコーラス忘れとか」
「お前なぁ…」
矛先が自分に向いたとたん、高見沢も情けない顔になる。
「まぁ、いいじゃない。高見沢のすっころんだのも、桜井のフライングも、演出だと思ってくれる子もいるって」
「「よくねーよ!」」
ぴたりとあった声が楽屋に響く。笑いを堪える坂崎の肩が揺れていた。
「そう言う坂崎だって…」
「オレ?」
高見沢は一生懸命坂崎の失敗を探してみる。
「…」
「…」
高見沢の次の言葉を、坂崎も桜井も待ってるがなかなか出てこない。
「…ジャンケンが弱い」
「そんなのライブに関係ねぇ〜!」
桜井が間髪入れず突っ込みを入れる。今度こそ坂崎は椅子から転げ落ちそうな勢いで笑い出した。
「く〜。覚えてろよ!」
漫画のようなポーズで高見沢が坂崎を指差す。
「…あのー。そろそろ支度してくださ〜い」
少し情けない声でマネージャーが三人を促した。
その言葉に、まだライブの途中であることを思い出す。
ばたばたと三人が去ると、再び楽屋は静かな部屋へと戻っていった。


end.
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