書店

□Home、sweet home
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もっと早く帰るべきだった、と高見沢は後悔した。
日はすっかり傾き、夕暮れの街は家路を急ぐ車の列。
自分の前には延々と続く赤いテールランプ。
反対車線は快適に流れている。
こんな時間に、都心に向かうのは営業が長引いて会社に戻るサラリーマンか、デート中の恋人たちくらいだろう。

−まいったな。

久しぶりのオフ、せっかくだからと出かけてみた高見沢だが、憂鬱なラッシュにぶつかって気分はすっかり沈んでいた。
ふと視線をあげると、どこかの駅が目に入る。
ちょうどホームに電車が入ってきたところだった。
電車の中も同じように混雑しているだろう。
朝晩、よくあんな電車に乗れるものだと高見沢は呆れてしまう。
だが、あの電車の中の人や、今、ラッシュにつかまっている運転手たちのほとんどは、家族が待つ家に帰っていくのだ。
妻がいて、子どもがいて、夕食の整った食卓のある平凡な家庭という幸福。
一方の自分には、家に帰っても暗い部屋があるだけ。
もちろん、自分なりに快適で、不自由もなく、一人でいることに何の不都合もない部屋なのだが。

−いやな気分になってきた。

高見沢は横路に逸れて渋滞を抜け、高速へ向かった。



あれから高見沢は高速を適当に流し、気が向いた所で食事をして帰ってきた。
もちろん、若い頃のような無茶な運転はしていない(つもり)。
運転中は見ないよう心がけていた携帯を取り出す。
そこには、何件かの着信履歴が残されていた。名前を確認すると、全てマネージャーの名前になっている。
面倒だが、一応電話をかけてみた。
『あ!高見沢さん!』
「珍しいな、お前がちゃんと仕事しているなんて」
『僕はいつもしています』
電話の向こうで胸を張っている姿が見えるような言い方に、高見沢は苦笑する。
「で、何だよ」
『明日のスタジオ入りの時間ですが、大丈夫ですか?』
「あー…わかってる」
とりあえず曖昧な返答をする。
マネージャーは不安そうな声を出した。
『覚えててくださいよ〜。明日は久しぶりに三人揃っての仕事なんですから』

−そうか、三人集まるのか。

最近は三人揃ってということが減ってきた。
事務所に行っても、入れ違いで顔をあわせない、という事も多い。
それが、明日は三人一緒の仕事。
自然と高見沢の口元に笑みが浮かぶ。
『高見沢さーん、聞いてますかー?』
「あ、ああ。なに?」
『明日10時に迎えに行きますから、起きていてくださいね』
「10時って早くないか?」
『普通です!ちゃんと起きてください』
「わかったよ」
高見沢は電話を切ると、冷蔵庫からよく冷えたシャンパンを取り出した。
細いグラスに黄金色の液体を注ぐ。
細かい泡が弾けるのを見ていると、心が浮き立つ気がした。

−そうか、明日は三人で仕事か。
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