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□Splash
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春ツアーも終盤。
天気のいい日は、まるで夏の陽気だ。
今日はライブとライブの合間。つまり移動日だ。
午前中に、昨日ライブをやった土地を出発し、バスは一路、次の地へ。
代わり映えのない高速道路の景色と自分の右側から入り込む陽射しを、カーテンでシャットアウトし、高見沢はパソコンに向かっていた。
が。元々、夜型人間なうえに単調なバスの振動に瞼が重くなる。
バスの中は、大体似たような人間ばかりだ。
唯一、朝に強くて夜にめちゃめちゃ弱い坂崎だけが起きているらしいが、話し相手もいないらしくぽろぽろとギターを爪弾いてる。
カーテン越しの暖かい陽射し。
単調なタイヤの音。
心地好いアコースティックギターの調べ。
ゆっくり意識が沈んで行こうとしている。

「あ!うみ!」

坂崎の声に、現実に引き戻される。
「え?」
「海が見えるよ!」
坂崎がバスの窓を開ける。
「おい。歌詞カードが飛ぶ」
高見沢は、パソコンの上に置いた紙束を慌てて押さえた。
「寝てたくせに」
悪戯っ子の目をして笑う。
「幸ちゃん別に海なんて珍しくないでしょ」
桜井があきれ気味に言う。
こちらも寝起きの顔だ。
「ほら。道が海の上を走ってるみたいだろ?」
そう言いながら、桜井側のカーテンを開けてしまう。
「あぁ…へぇ〜。すごいな。高速の真下が海なのか」
「こっちはすぐ山だ」
高見沢は自分側のカーテンを開けてみる。
「あ〜、山が海のすぐ側まで来てるから、高速が海側までせりだしてんのか」
坂崎が少し身を乗り出す。
「幸ちゃん、危ないよ。首が取れちゃうぞ」
「あはは〜。子供の時、言われたよねぇ」
海風が、カーテンを大きくはためかせる。
「気持ちいいな」
「うん」
「二人とも、飛びそうだぞ」
「うそ」
「ヤバイっ」
高見沢の言葉に、坂崎と桜井が髪を押さえるのは、お約束だ。

少し冷たい海風。
穏やかな波。
時々、白く飛沫が上がるのが見える。

━何か、いい歌が聞きたいな。

高見沢がバックの中からCDを出そうとした時だった。
坂崎が、ギターで曲を奏で始めた。
「なんだっけ?その曲」
「おいおい。作った人が何言ってんの〜」
そう言って、歌詞を口ずさむ。
「あ、その曲か」
「坂崎はよく覚えてるな」
「え?だって夏といえばこれでしょう。サイダーのCMにもなったし」
「単純〜」
「いいの、いいの♪」
ご機嫌な彼は、あいかわらずギター片手に歌っている。
光る海も、白い波頭も、カーテンを揺らす風も、ギターの音に誘われて弾けているようだ。
「よし、今日のセットリストにこれ入れるぞ」
「え」
「えぇ!?」
高見沢の言葉に、サポートメンバーを含めて全員が慌てる。
「だって天気がいいし」
「単純〜」
「いいんだよ!」
桜井に高見沢がムキになって応える。
「ま、いいんじゃない?」
「おいおい、坂崎〜」
情けない声の桜井に、坂崎は窓を背にして笑う。
「もう、夏がくるね」
「ああ」
「今年もイベントの夏が来るぞ〜」
陽射しを反射する海を、三人で眺める。

今年も、夏がやってくる。
海風に吹かれながら、みんなの拳の波を見て。
星空の下でみんなの声を聞いて。
最後は空高く打ち上げられる花火。

「晴れるといいな」
「そうだね」
「野外はやっぱりな」


もうすぐ夏がやってくる。
暑くて、熱い夏が━━。

fin.
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