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□kiss kiss kiss
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ちょっと待って、と言い残して坂崎が駐車場の隅の闇に消えた。
今日は都内近郊のライブの後、久しぶりに皆で夕食(?)を食べた。
レストランを出て、マネージャーの車で帰ろうか、という時に坂崎が急に立ち止まった。
そして、最初に述べたような行動に出たのである。
こういった時は、俺も桜井も大体は次に何が起きるか想像がつく。
はたして坂崎は…やはり両手で段ボール箱のような物を抱えて戻ってきた。
中から
「ミィ〜ミィ〜」
と小さな鳴き声が聞こえる。
「またかよ〜」
桜井が呆れて言った。
「だってさぁ…」
坂崎は少し唇を尖らせている。
まあ、桜井がそう言うのも無理はない。
坂崎の家には行き場をなくした猫たちがあふれている。
全て捨てられた猫で、病気を持っている子も少なくない。
坂崎がそんな子たちを保護してるのを、自分も桜井も理解してるつもりだ。
だから『呆れている』桜井も、内心は坂崎に関心してるのだ。
「…二匹いるのか?」
俺は鳴き声を聞いて箱の中を覗きこんだ。
暗くてよく見えない。
「や、三匹」
「え?だって…」
「いるんだよ。鳴けない子が」
坂崎が箱の中に手を入れて、そっと子猫に触れてやっている。
「大丈夫か?」
「うん…どうかな」
坂崎の表情が重く沈んでいる。
その不安げな顔を見ていると、彼の方が心配になってしまう。
そんな俺の視線に気付いたのか、坂崎が顔をあげた。
「こーゆーのってムカツクんだよな」
あえて、笑顔を作っているのがわかる。
「安易にさぁ『人が集まるところに置いていけば誰かが拾うだろう』って思ってるんだろ」
「って、幸之助ちゃんが拾ってるじゃん」
「だってさー、子猫なんかあっという間だよ。風邪なんかでも命取りなんだから」
手はあいかわらず小さな子猫を撫でていた。

「ミィ」

小さな、小さな声がした。
「あ!」
「鳴いた!?」
箱を覗き込むと、坂崎の手の下で小さな頭をもたげて、小さな口開けて子猫が鳴いていた。
まるで『生きたい』と主張しているようだ。
「生きてる…」
「あたりまえだよ」
思わず口をついて出た言葉に、坂崎が笑う。
「…なあ、さわっていいか?」
「いいよ」
坂崎がそっと抱き上げて、俺の手の中に子猫を渡した。
とても小さい、でも暖かい命。
俺はその暖かさを確認するように、子猫に顔を寄せた。
すると子猫も俺に顔を近付けてきた。
その、可愛らしい鼻先が俺の唇に触れた。
か弱く、だけど存在を表す確かな呼吸。
素直に、必死に愛情と温もりを求める声。
━━小さく、儚く、だけど愛しい…
俺は坂崎が抱える箱の中に、その子を戻した。
どの子も、ようやく得た温もりの中で、しっかりと足を踏みしめている。
「生きろよ」
少し格好つけすぎた俺の言葉に、坂崎が微笑む。
その彼が、優しく我が子を守る存在に見えたのは…誰にも教えない。

end.
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