書店

□このよきひを
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かたん、かたん、と繰り返しながら電車は走っていく。
膝の上に置かれた包みをしっかり抱え、窓の外を見ている。自分が住んでいる所とは違う、いくつも家が並んでいる町。
車掌さんが次の駅名をつげる。慌てて荷物を持つと、ドアの前に立った。

駅から出ると母さんの描いてくれた地図を取り出した。おばさんの家は何度か親に連れられて来たけれど、一人で行くのは初めて。
おばさんの家に着くと、母親に頼まれた包みを渡す。そのまま家に上げられてお茶とお菓子をすすめられた。
小学生でここまでお遣いに来たことを「えらいわねぇ」なんて言われると、嬉しくなる。
「賢、映画見に行こうか」
おじさんがさそってきた。
「え…でも帰りの電車の時間あるし」
「大丈夫、車で送ってやるから。映画なんて見たことないだろ」
「あるよ」
映画くらい公民館で見たことある。だけど映画館は初めてだ。
おじさんにからかわれたのはくやしいけど、それより映画館に連れて行ってもらえるほうがずっとずっと楽しみ。



お正月は大好きだ。
お年玉をもらえるのはもちろんだけど、親戚がたくさん集まるのが楽しいんだ。特に…
「幸二」
「おいちゃん!」
お正月は、一番若いおじさんが久しぶりに帰ってくる。
「元気にしてたか?」
「うん!」
おじさんが頭をなでる。子供扱いされたようで恥ずかしいけど、僕たちをかわいがってくれてるってわかってる。
おじさんは前はいっしょに暮らしていたんだけど、上の学校にあがる時に一人暮らしをはじめてしまった。
それでも、お正月には会える。おじさんはまだ学生だからお年玉はくれないけど、優しいし、遊んでくれるから大好き。
「どこか出かけるか?銀座のデパートとか」
銀座、とういう地名が出て、僕はちょっと考える。デパートも魅力なんだけど。
「映画に行こうよ」
兄ちゃんが先に行った。
「うん!映画!」
僕も兄ちゃんの意見に賛成する。
「映画がいいのか?」
「映画、映画!」
「ゴジラ!ゴジラ!」
兄ちゃんと二人でせがむ。
「よし、じゃあ映画館に行こう」
おじさんは僕たち二人の頭をなでて笑った。
「またあんたたち、おじさんにわがまま言って」
お母さんが台所から出てきた。今日は店は休みだけど、親戚がたくさん来てるから忙しそうだ。
「そんなにおじさんに物をねだっちゃだめでしょ」
「ねだってないよ。映画につれてってもらうだけ」
「幸二、屁理屈いうんじゃないの!」
お母さんに、こつんと頭を叩かれた。
「義姉さん、いいんですよ。俺もこの子たちと出掛けるのが楽しみですから」
やっぱりおじさんは優しい。僕はおじさんの腕にぎゅっとつかまった。



そっと兄の部屋を覗く。まだ兄は寝ていた。
「お兄ちゃん」
「ん〜〜」
眠そうな声が返ってくる。それでも一応は目を覚ました兄の肩を揺すった。
「ねえ、お兄ちゃん起きてよ。今日は映画に行くんでしょ」
「う〜〜ん」
ゆっくりと兄が体を起こし、寝ぐせがついた頭を掻いた。
「んー。なんの映画だっけ?」
「ゴジラだよっ」
映画を見に行くと約束したときに、ちゃんと言ったのに。
そう思っていると、兄に僕の顔をぷに、とつつかれた。
「なに?」
「ふくれてる」
つつかれた頬をさすりながら兄を見上げる。兄はいつもよりよそいきの支度をしていた。
「どこ行くの?」
「銀座の映画館に行こう。正月だしね。ほら、俊彦もきちんとした格好しておいで」
「うん!」
勢いよく部屋をとびだし、母親に服を出してもらう。急いで着替えると、玄関で待っている兄のもとに駆け寄った。
「じゃ、行くか」
「うん!」
背の高い兄は自分より足が速い。その兄に合わせて一緒に歩く。
それに気づいたように兄は速度を緩めたけれど、僕は構わず歩いて追い越した。
「お兄ちゃん、早くっ」
「わかったよ」
兄はあっと言う間に追いつくけれど、僕も追い越されないように駆け足になる。
「こら、俊彦。走ると転んじゃうぞ!」
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