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□雨に駆け出せ
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年明け。
今年は早々に雪が降った。
雪が降っても薄手のコートにヒールの高いブーツを履いている高見沢は慎重に歩いていた。
リハーサル前に転んだり、服を濡らすのはできるだけ避けたい。
駐車場からスタジオまでの道はだいぶ雪が溶けているが、日陰の地面にはまだまだ白く積もっている。
シャーベット状の雪に足を取られないよう、恐る恐る歩いていた高見沢の耳に、シャッター音が聞こえた。
「…なにしてんの」
「背中を丸めて歩く、ちょっと情けない高見沢の図」
「面白い?」
「ファンの子が見たらがっかりだね」
クスクス笑いながらデジカメを構える坂崎は、きっちりダウンを着込み、足元は滑りにくそうな靴を履いている。
久しぶりの東京の雪景色にわくわくするのか、あちこちをカメラに納めている。
「桜井は?」
「あっち」
坂崎が顎で指した方向を見ると、桜井がブロック塀に雪玉をぶつけている。まるで投球練習だ。
高見沢はさっと足元の雪をすくって丸め、それを桜井に投げた。
「いてぇ!」
「大げさだな〜」
「お前のは固いんだよ!」
「あー、逆らったな!」
とたんに雪合戦がはじまった。
坂崎の方は、雪玉の当たらない場所へ下がり、様子を眺めてる。
勢いあまった高見沢が、ずるっとこけた。
「あー、あー、何やってんの」
桜井が高見沢の手を取って立たせようとする。が、高見沢が手を強く引っ張ったせいで桜井まで雪の上に膝をついてしまった。
「全く、いい大人が。早く立たないと、濡れるよ」
坂崎が二人のそばに寄ってきた。その坂崎に向かって、高見沢が雪を跳ね飛ばす。
「つめたっ!!」
思ったより雪は跳ね上がり、坂崎の襟元を直撃した。けらけらと高見沢が笑う。
「あーあ、まったく」
ジャケットについた雪を払い落とし、坂崎が笑った。
「子供だな」
桜井がぼそっとつぶやく。
「なんだとっ!?」
「…もう濡れてきてない?」
「あ!」
「つめてっっ!」
慌てて桜井と高見沢は立ち上がった。
水分を多く含んだ雪の上に座ったせいで、じわりと水の染みがパンツにできている。
「まったく、おめぇは仕方ねえやつだなー」
桜井は尻のあたりを触りながらため息をついた。
「おまえだって」
「なんでだよっ!?」
「雪ではしゃぐのは、犬と桜井くらいだ」
「ついでに、子供と高見沢もね」
彼らのはしゃぎように街も反応したのか、電柱のうえから雪が落ちてくる。
「「「つめてっっ!!」」」
三人そろって悲鳴を上げ、そのタイミングにまた笑う。
「あの〜、そろそろ中に入ってくださーい」
スタジオの入り口でマネージャーが声を掛けた。
「はーい、はいはい」
坂崎がおどけた返事をする。
「あ〜あ、濡れたなぁ」
「当たり前だろ。まったくお前は昔っから進歩がねえな。わざわざ土砂降りのなかに駆け出したりさぁ」
「え?」
呆れたような桜井の言葉に、高見沢は首を傾げた。
確かに、昔そんなことをしたような気がするが…。
「いいのっ!俺は少年の心を忘れてないから!」
胸をはって言う高見沢に、二人が同時に吹き出した。
「どんだけデカい少年だ」
「少年っていうより、学習しないというか…」
「あー、冷たい。早く乾かそっ」
スタジオの中に駆け込んでいく高見沢を、桜井と坂崎が追う。
二人の足音を聞きながら、高見沢は密かに笑った。

きっと、変わらないほうがいいのだ。
雨の中を駆け出すあの気持ちだけは。

End.
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