ばいばい、まいさい

□この声は貴方に届くのですか
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言葉があるから、安心する
いつでもあるから安心しきっている。
何時までもあるものと思うから
思い出せば思い出すほど、意味のない言葉だなんてなかった。
全ての言葉に、愛がある。











今日の部活終わりも、黒子は飽きることなくバスケの練習をする。
いつもなら私もそれに付き合うのだが、今日は家の用事で早く帰宅しなければならなかった。



「黄瀬と二人で帰るのなんて始めてだね」



いつもなら途中まで皆と帰宅していたが、今日は黄瀬涼太と二人だった。
黄瀬は「そっスね!」と満面の笑み。

黄瀬の明るい表情に、つられて私も明るい気持ちになった。
彼の笑顔には救われる。
まるで心の靄が全部晴れるようだ。



「なまえっちと二人っきりになる事自体始めてじゃないっスか?」

「そうだっけ?」

「気分的に、そんな感じ」



なんじゃそりゃ。
まあ、確かに…黄瀬と話すとき、完全に二人きりといった状況はなかった気がする。



「いっつも俺の周り女の子いるから…。もっとなまえっちと話したいんスけ…」

「いただきました」

「は?何を?」

「黄瀬のさりげないモテるアピール」

「え!や、そういうつもりじゃ…!」



彼があまりに必死になるものだから、声をあげて笑ってしまった。ごめんね。

黄瀬は自慢とか嫌味を漏らしているわけじゃなく"本当の事"を言っているだけの、とても素直な人。
からかったように笑った私に、黄瀬は少しだけ膨れる。



「というか…もっと聞いて欲しいことをなまえっちは聞き逃すんだから…」

「え?何?」



もー良いっス。
呆れたように、肩を竦められ。
今度は私が膨れる番だ。

黄瀬によってその気になる話題を強制終了され、モヤモヤした気分のまましばらく無言で歩き続けていた。




「最近、頑張りすぎてない?」

「えっ、俺疲れてるように見える?」



うわぁ、と残念そうに片手を顔にもっていく。

…そういうわけじゃないけど。
と思わず苦笑い。


一足遅れて入部した黄瀬。
入部理由は青峰に憧れて、だ。
黄瀬は習得するのが早かった。ありえないくらい。天才、と言われるほどに。
だけど帝光バスケ部1軍のレギュラー陣は天才の集いだ。
その中にいれば、希少価値も薄れてしまうもので。

黄瀬自身は、とてもやりがいがあると顔を輝かせて私に話してくれたこともあった。
端から見ても黄瀬は頑張っていた。

人間は熱中しすぎるものがあると、自分自身よりその熱中していることを優先する。
黄瀬もその一人だと思った。
ただ、言うなれば彼等全員がそれなのだ。

だから、心配もある。
全員が全員オーバーワークをしていて気付かないから。
大丈夫大丈夫と流してしまうから。



「全然っスよ、俺なんて」



彼は全然まだだという。

下を向く視線。
さつき同じ、思考。


もっともっと頑張って強くならなければ、追いつけない。
置いてかれるのはごめんだ。
まだ遠く感じるのは自分の頑張りが足らないからだ。
追いつくんじゃない。追い越すんだ。
何にも負けないくらい、強くなりたい。


黄瀬の 優しげで穏やかな瞳に、ゆらゆらと強い決意が宿っているのが見えたような気がした。

私にはこの決意を止める権限はない。
心配だから止める、というのも、彼にとっては迷惑であり私の自己満でしかないのだ。



「もっと強くなりたいっス」



…私には弱いようには見えない。
というのが本心だけど、こんなことを言えば彼が困った顔をするのが目に見えている。

「みんな、すごいよね」
言えば、黄瀬は「そっスね」とそっけなく前を向いた。
黄瀬は、鋭いところもあれば鈍いところもあるんだろう。
私が言った"みんな"に自分が含まれているなんて、思いもしてないんだろう。



「でもね、盲目になっちゃったらあまり良くないと思うんだ」

「盲目?」



強くなりたいと思う人は何かを失い、それに伴って強さを手に入れる。
逆に言えば、強さを手に入れればそれに伴って失うものが出てくる。
そして、失ったものがどれだけ大事なものだったか、気づくのは随分後だ。
取り戻せても失っていた時間は取り戻せない。



「黄瀬は優しいから、そのままで十分だよ」



強い人より優しい人に。
強さを欲する人より強さを必要とする人に。
自分の強さを押しつけるのではなく、強さで支えて支えられて。



「私は黄瀬の強さより、優しさに救われてるよ」



ぽつりぽつり。
まるで独り言のように、隣を見上げることはせず呟いていた。

なんとなく気恥かしいから。
でも言っておきたい。



「今の自分を忘れないでね」



彼が輝いているのは、仲間がいるから。
仲間とともに進んでいるという充実感があるから。
彼に仲間がいるのは彼が仲間を本当に好きだから、思っているから。
私も、同じ。



「…なまえっち」

「ん?」



名前を呼ばれ、見上げる。
私を見つめる黄瀬の瞳は優しい。

―けど、やっぱり苦しそう。
切ない、何かを押し殺しているような感情が垣間見える。


そして、優しげに囁く。
「すきだよ」と。

まるで「ありがとう」とでも言うようにごく自然に、直球に。でも温かく、深く。
愛しげに細められた瞳は真剣で、思わず目を泳がせてしまった。



「俺も優しいなまえっちが好きっス」

「…ありがとう」



黄瀬は心を許した人間はとことん慕う人だと思う。
こんな風に、屈託のない笑顔を向けられている私も、黄瀬の心を許した人間の一部に入れていると思うと素直に嬉しかった。

「本気っスよ?」と困った顔をして笑う彼に、「私も黄瀬のこと好きだよ〜」とおどけてみせた。



「なまえっち…」



隣を歩いていた筈の黄瀬が立ち止まったかと思えば、黄瀬は私の腕をつかみ自身の胸に私をゆっくりと閉じ込めた。

一瞬のことで、目の前には黄瀬の制服しか見えなくて、一体彼がどんな表情を浮かべているのか、分からなかった。
戸惑う私の事などお構いなしに、「俺ね」と彼は語りだす。




「応えなくてもいいから」



私には黄瀬の言葉の意味がよく理解できないまま。
わかるのは、黄瀬がきっとすごく優しい顔をしているということ。



「ただ、知ってて欲しい」



響く声は柔らかく、落ち着いている。



「ずっと覚えてて欲しい」



ちくり。
また、原因の分からない痛みが胸を刺す。

黄瀬が、黄瀬があまりにも切なく言葉を紡ぐものだから。


言葉というものは伝えたければ伝えればいいものである。
それができるのなら。
側にいればいくらでも伝えることができるもの。
側にいなければ伝えられないし伝わらない。
聞かなくなった言葉はいずれ、手のひらにあったたくさんの砂がささやかな風に吹かれて少しずつ消えていってしまうように、頭の中から消えていく。



まるで砂のように消えてしまいそうな黄瀬の言葉に、私はただただ不安を感じて。



目の前のぬくもりに触れて、包むことでその不安は和らいだ。












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