ばいばい、まいさい

□酸っぱく苦いけど、悪くはない
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ただいつもそばにいた。
何も考えずに穏やかな日々を過ごしていた。
ずっと一緒にいると思っていた。
優しく流れるこの時が、なによりも好きだったのに、後悔しても、遅い。
伝えられるなら、伝えたい。












「おはよ。昨日は夜更かししてないんだね」



幼馴染のなまえと家の前で待ち合わせしている朝。
なまえは毎朝スッキリとした面持ちで玄関前に立っている。
朝に強いタイプなんだろう。羨ましい。



「ちゃんと寝ましたよ」

「それは良かった」



黒子起こす手間省けたよ。
なんて、おどけて。

本当なら、今日もなまえに起こしてもらうことになるだろうと思っていたのだが。
予想外だったのだ。
昨日の本の続きを、夜更かししてまで読もうと思っていたのだが。



「黒子が今読んでる本、鬱でしょ」



彼女はいつも、僕のことを見透かしたように問いかける。
自分のことを見透かされるなんて、なんだか認めたくない気になるのだが、なまえだから…といった気分になるのはなぜだろう。

きっと、多分慣れという奴だ。



「ページ進めるの嫌になっちゃうよねー、その本」



なまえが言った通りだった。
予想外なまでの、鬱展開。
「悲しい話だ」となまえも言っていたけど、まさかここまでとは。となるくらいの。
1ページ1ページが重く感じ、ただでさえ夜の寂しい雰囲気に当てられるのだから、耐えられない。



「いまは他の楽しい本が読みたいです…」

「あはは、私もそうだった!そうだ、ウォーリーでも探そうか!」



なまえとこうやって登校するのは穏やかで好ましい雰囲気で。
あまりの悲しい展開に気分を落としていたのを忘れ、彼女との会話を楽しんだ。

というか、なまえとウォーリーは絶対に嫌だ。
言ったら、なまえは「なんでよ」とおかしそうに口に手を当てるのだが、その反応はすべて分かっている反応だ。
知っている。



「僕が見つけてる途中に答えを言うじゃないですか、そういうとこ嫌いです」

「黒子が見つけるの遅いんだもーん。そういうとこ嫌いじゃないけどー」



また、意識せずにポロっと。
小さいころから一緒に居て、少しずつ変わっていった態度や、呼び名。
頭の良いなまえだったが、少々天然なところは変わりはしなかった。
どれだけ、安心したか。


ウォーリーするならその物凄い観察眼を使え。…だとかまた抜けたことを本気で言っているのかそうじゃないのか。
ウォーリーに使ったって…。
というか使えない。



「だいたい、なまえが早すぎるんです」



そうなのだ。
なまえは、僕がお題の文章を読んでいる途中に「あっ」と指差したこともあった。
超能力でも使ってるんですか、と突っ込みたくなるほど早いのだ。



「小さい頃ずっとやってたら場所覚えちゃってさ」


…。
こういうすごい事をポロっというところも、変わらない。
とりあえず「そうですか」と返事を返し、内心ではもうなまえとウォーリーを探すのはやめておこう。と決めた。



「…さすがです」

「テツヤからその言葉を何回聞いたことやら…」



全く意識せず。
僕の名前を呼んだ。
慣れたように、自分では気づいていないんだろう。何も気にしていない様子だった。
随分久しぶりに感じたこの感覚に、僅かながらに体温が上がった気がして。無性に、気を逸らしたくなったから。



「本に関してだけですよ。尊敬するのは」

「またそうやって。素直になりなよ」

「僕は素直です。素直すぎるくらいです」



っぷ。
隣から吹き出した音が聞こえて、ムカついた。
僕だって、素直になれたら。
いや…今の自分に素直になる要素が、あるのか。どうなのだろう。



「素直と言えば、黄瀬だよねー」

「…確かに彼は」



なまえに、好意を伝えているところをよく見かける。
それは日常になってしまい、なまえも流していたのだが。
何故か最近になっては二人の雰囲気が違う気がした。
なまえが、流さなくなったのだ。

黄瀬のように、いつか自分も素直になれたら。と。
思ったりするのだが。



「というか最近みんな素直かも…」



どうしたんだろう。
と呟くなまえを余所に、素直な自分というのを想像して。

ありえないくらい、似合わなかった。



「僕にはこのくらいがちょうど良いんです」

「……うん。そういうとこキライかもー」



困ったように笑う。
きっと君の求めている言葉はまだ口にはできそうにない。



大丈夫。
物語は、まだ止まったまま。













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