綿雲

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良いお天気だ。
父と母にお使いを頼まれた私は城下町に降りて来ていた。
食料や、生活雑貨。買わなきゃいけないものは沢山ある。
日暮れまでに帰らなければいけないのに、この量では間に合うかどうかもわからない。

「まあ、何とかなるか」


流石、城下である。
人の賑わい、品ぞろえ、何もかも山の麓とは何もかもが違うように思えた。
活気があって、楽しい。そう感じて一軒一軒の店を見て回った。


「これ、可愛い、な」

ある一軒のお店で可愛い髪紐を見つけた。
浅黄色と、夕陽色の糸で編んである髪紐。
何故だか彼を思い出した。
こんなものを買える余裕もないのに、手に取ってしまうのは乙女の性か。それとも気持ちの変化か。
わからないけれど、お店の人に声を掛けられた私は「手持ちのお金がないのでまた今度にします」なんて下手な言い訳でその店を後にした。


「ふ、う。全部買えたかな」

予定していたものを全部買い終えるころには、陽は随分と傾いていた。
急いで帰らないと、帰り道が暗くなってしまう。
そう思い帰宅の途に就こうとした時にそれは起こった。


「……すいません、通してください」

道を塞ぐように立っている男たち。
にやにやと、嫌な笑みを浮かべてこちらを見ている。

「お嬢ちゃん、こっちでちょっと遊ばねえか」

「ごめんなさい、家に帰らないといけないんです」

「いいじゃねえか、ちょっとくらいよ」

助けを呼ぼうにも、大きな通りからは離れており、通りかかる人もいない。
しまった、もう少し早く帰るべきだった、などと思ってももう仕方のないことである。

「ちょ、っと!……やめて!はなしてください……!」

「へへ、嫌がる顔も可愛いじゃねえの」

「やだってば!離して!」

ぐいぐいと手を引かれ、草むらのほうへ連れ込まれそうになる。
さあ、と血の気が引いた。

「やだ!いやだってば!」

「うるせえな、すぐ良い声出させてやるからよお……おい、後ろ見張っとけよ」

そう私を押し倒そうとしていた男が後ろに声を掛けると、どさり、と音がした。
不審に思った男が私から体を離し、後ろを向く。
その瞬間、彼の体も地面に伏せた。

「へ……なに、これ……」

「アンタ、いちいち面倒事に巻き込まれるねぇ」

声のした方を向くと彼はそこにいた。

「佐助さん……」

「こんな時間にこんなところにいたら襲ってくれって言ってるようなもんでしょ。なんでこんな時間にここにいるの」

「だって、買い物が終わらなくて…………あの、怪我、治ったんですね。よかった」

「おかげさまでね……って、よかったはこっちの台詞だよ。たまたま俺様がいたからよかったものの」

「それは、ごめんなさいっ……」

そういいながら、先ほどまでの恐怖が思い出されて、ぽろぽろと涙があふれてくる。
止めようと思うのに、溢れて溢れて止まらない。

「ああもう泣かないでよ。俺様が悪かったって」

佐助さんはそう言いぼろぼろと泣いている私を背負うと、私が買った荷物も抱えて歩き出した。

「あの、」

「どうせ立てないでしょ?送ってくから、それまでに泣き止んでよね」

確かに、事実、恐怖で足が震えて立てないし、こんな暗闇の中家までたどり着ける気もしなかった。
だが彼はすたすたと暗闇の中を歩いていくではないか。

あの日と変わらない、背中のぬくもり。
みんなが忍だってことを気にするけど、こんなに温かい背中なのに。


「ぐす、あの、よくこんな暗いのに道がわかりますね」

「職業柄ね」

「へえ、忍さんってやっぱりすごいですねぇ」

「……アンタと話してると力が抜けそうになるよ」

他愛もない話をしていると、いつの間にか家の前まで着いていた。

「あの、本当にありがとうございました」

「別に大したことしてないよ……でも、これはお守り」

きゅ、と私の頭の後ろの方で音がした。
え、と後ろを振り向くともうそこには誰もいなくて。
なんだろうと先ほど音がした方を触ってみると何やら紐のようなもの。

するり、と解いてみるとそれは今日お店で見かけた髪紐だった。
ぽたり、とその髪紐に水滴が落ちる。

「泣いちゃ、だめだ」

それでも落ちてくる、先ほどの恐怖とは違う涙に、私はしばらくその場を動くことができなかった。


家に帰ると父も母もまだ起きていて。
私が日が落ちても帰らないことを大変心配していたようだ。
叱られて、でもそれがとても嬉しかっただなんて。

その夜、私は佐助さんからお守りとしてもらった髪紐を握りしめて寝たのだった。

(お守りがふたつになっちゃった)

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