何よりも甘いキスを。

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「う、わあ…」

私は思わず声を漏らす。

リズ君のことだから町のど真ん中に住んでいる訳ないとは思っていたのだが、ここまで山の中とは思いもしなかった。




リズ君に案内されて、リズ君の住んでいる家に案内してもらった私は、その道の途中で息も切れ切れになった。
現代社会に生きていた私は便利な道具に埋もれきっていてこの時代で生活をしていくのは容易ではない。
これまでの生活でもそれは痛いほど感じていたが、今日ほどそれを強く思ったことはなかった。




山だった。
私がこの時代に来た時に、気づいたら居た山だ。

その、私が居た所よりももう少し奥に入ったところにリズ君の家はあった。


「すごい、綺麗なところだね」

綺麗とは、華美であったり、何もなかったり、ということではない。
そうではなく、空間が澄んでいて、綺麗なのだ。


「そっか、人の気配が無いんだ…」

「結界が張ってある」

ぽそりと私が呟くとリズ君がそれに反応した。
私の息が落ち着くのを待っていてくれたみたいだ。


「結界…?」

聞き覚えのない言葉だった。
稀にマンガやアニメなどで耳にはするが、実際に、実用的に使われているのを聞くのは初めてだ。
このころの時代では阿倍清明が居たし、そういう思想も身近なものなのか。


「なまえ」

「ん?」

「この世界には怨霊と呼ばれるものがいる」

「…うん?」

怨霊。今、怨霊と言ったか。
冗談かと思ってリズ君を見るが至極真面目な顔をしている。
そういえば与作さんも時折怨霊が…などと言っていたが、これのことなんだろうか。

「なまえのいた世界にはいなかったものだ」

「あ、やっぱり私のいた時代には存在しないものなんだ」

ほっと胸を撫で下ろす。

「いや、時代という言葉は正しくない。この世界はなまえがいた世界とは違う」

「え?…それは、ここが私が居た時より昔の時代、という意味ではないってこと?」

「そうだ、単に昔な訳ではない。存在している空間が違うのだ」


「じゃあ仮にあと1000年時が進んでここにいても私はその世界には存在しないの?」

「…ああ」


それは衝撃だった。
所謂ただのタイムスリップではないというのだ。

私は空間まで越えてきてしまったのだと。
リズ君はそう言った。


もう私の理解の範疇をこえる。
それは理解する、しない、ではなく、したくない、と思ったから。



「ねえ、リズ君」


声が震える。
今まで気を張ってせき止めていたものが流れだす。


「ねえ、私っ…もう、どうすればいいのか、わかんないっ…!」


これは、彼に言っては駄目だ。
そう思っているのに声も涙も止まらない。
この世界の住人である彼に、
この世界の住人でありながら私の居た世界に来て帰って行った彼に、
言ってはいけないことなのに。


「私、どうすればいい?こんなっ、誰も知らない、暮らし方も何も知らない所で…!」


涙は留まる所を知らない。
目の前に立っているリズ君が見えないほどに。


彼は何も悪くないのに。
私は彼に当たっているだけなのに。





ふわりと、温もりに包み込まれた。
リズ君の香りに包まれて、すぐにリズ君に抱きしめられたのだとわかる。


「っ、リズ、くんっ、」

「大丈夫だ、なまえ」

ぐすぐすと愚図る私に温かく言葉が降ってくる。

「大丈夫だ。私がいる。私が助ける。私がなまえの世界に飛ばされた時、なまえは私の事を助けてくれた。今度は私の番だ、命に代えても」

あたたかい。
言葉が、心が、体が。


不思議だ。
リズ君の言葉でこんなにも安心するだなんて。
以前と立場が逆転してしまったようだ。


「…リズ君、ありがと。でも、命に代えたら駄目だからね」



くすりと、頭上から笑みが聞こえた気がした。


(命に代えても守りたいんだ)
 

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