水色の向日葵

薄暗い水飲み場にざあっと一定の早さで流れ落ちる水音が、薄暗い廊下に響いていた
人通りのない汚れた灰色の壁の中、一点の緑が鮮やかだが溶け込む様に動かずそこにあった

「お疲れ様でした。」

突然の物音に緑がざわめく
ユニフォームのまま蛇口の下に頭を突っ込み身じろぎもせずにただその茶の頭を濡らしていた男は、突然の事に一瞬体をびくつかせた後ゆっくり体を起こし声の主へと視線を投げる

「…仙道。」
「試合、残念でした。
ですが藤真さんのプレイ、凄い良かったです。」

冷やかしでもなくただ純粋に笑顔で賛辞を述べる仙道とは裏腹に、藤真は表情一つ変えずにただ仙道を見つめ返していた
髪から流れ落ちる水滴が頬を伝い細い顎先からぽたぽた滴っているが、それを気にする様子はなかった

「冗談はよせ。」

再び流しに視線を落とし長い睫毛に隠された瞳は微かに赤く腫れていた

「結果が全てだ。」

ばさり
突然放られたタオルは藤真の視界を白く覆う

「どうぞ。夏とはいえ風邪ひきますよ?」

視線を流しに落としたままゆっくりタオルを掴み無造作にがしがしと頭を拭うと、水気の失せた髪が蛍光灯の光を受け金にも似た茶に輝く

「これ位で風邪なんかひくかよ。」

タオルの隙間からちらりと覗く顔からは、先程は寄せられていた眉間の皺は消えていた

「でもずぶ濡れですよ?」
「そんな半端な鍛え方はしてねえよ。」
「…ですよね、失礼しました。」

仙道の少し鼻にかかる笑いが気に入らないなんて思ってしまってから、自分の語気がつい強まるのが少し藤真をいらつかせた
こんな時だからこそさらりとかわせる自分でありたかった

「でも本当残念です。
もっと藤真さんのプレイを見てみたかったのに。」
「…何、だと?」

挑発的な態度でこちらを向いている顔に、試合中に似た敵意が少し沸き起こる

「楽しみにしてたんですよ。
神奈川の双璧と言われる藤真さんのプレイ。」

ぎらりと光る藤真の瞳に気付かぬのか仙道はにこにことしながら続ける

「高校生でこれだけの指示を出せる監督ってのも興味ありますけど、俺はそっちは専門外ですし。」
「何が言いたい!?
高校生の監督では予選敗退がお似合いだって言いたいのか!?」

噛み付いてきそうな藤真の様子でようやく言葉の擦れ違いに気付いた仙道は、慌てて頭と手を大きく振り言葉を繋ぐ

「違います!
そんな変な意味じゃなくて…!」

視線をあちこち泳がせ、誤解がない様に言葉をあれこれと選ぶ

「あー…何て言うのかな…。
高校生らしからぬ指導ぶりは本当感動する位です。
ただ、ただ一つ言うならば監督としての力量じゃなくて、双璧と呼ばれる人のプレイをもっとこの目に焼き付けたかった。
そして知りたかった。
プレイヤーとして自分がこの神奈川でどの程度なのかを。」

真剣に真っ直ぐ見詰めてくる瞳は恐れも自惚れもない純粋な物だった

「俺に勝てるとでも思ってんのか?」
「…どうでしょう?」

子供の様に小首を傾げ尋ねてくる仙道の笑顔に思わず吹き出してしまう

「ばーか!俺に勝つなんて10年早いよ!」
「そっか、やっぱり。
…じゃあ対戦する日まで楽しみに練習しときます。」
「…は?」
「冬の選抜、出るんですよね?」

子供っぽい笑いが急に成りを潜め鋭い視線で覗き込まれる

「まさかこのまま勝ち逃げる気ですか?
可愛い後輩の挑戦、受けて下さいよ。」

小さく溜息にも似た舌打ちを一つ

「冬にはそんな減らず口たたけないようにしてやるよ。」
「楽しみにしてます。藤真さん。」

一瞬見せた表情
ああ、やっぱり食えない奴だ

横をふいと摺り抜ける時ですら視線一つ動かさずに口端だけ笑っているこの男は、きっと冬の寒空の下でも同じ笑みを浮かべている事だろう

「面白え…!」

誰にともなく呟いた

見上げた空には向日葵みたいな太陽が昨日と同じ様に輝いていた

こんな悩みなんてちっぽけだなんて笑うかの様に、季節は変わらず流れていく


070912 十夜


駆け込みですがお祝いしたい一心で書いてみました
普段は花形、牧、仙道あたりと藤真の青臭い話を書いてます

今回はお読み下さりありがとうございました

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