日常の断片
□Sunshine
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夏が過ぎて、少しは涼しくなったみたい。呉葉がそう思っていると、午前中の授業の終わりを告げるチャイムが学校中に鳴り響いた。
もうとっくに昼休みに入ったというのに、秀美は一枚の紙切れとにらめっこしたまま、自分の席で正しい姿勢を保って微動だにしない。その姿があまりに秀美にはそぐわなくて、呉葉は思わず頬が緩んでしまう。
「ひーでーみ?」
秀美の首筋目掛けて、後ろから腕を巻きつける。そうした上で呉葉は秀美がじっと見ている紙を覗き込んだ。
秀美はまだ、呉葉に気付くことなく呆けている。
「ん? 願書?」
その声にはっとしたかのように呉葉の方に向き直る秀美。横目で呉葉を確認すると、願書と書かれた紙を机に置く。
「まぁ、ね。受験生だし」
「……そっか」
呉葉はどうするの? と訊いて。そのすぐ後で秀美はそれを後悔する――呉葉の眉間には面白いくらい皺が寄っていったから――
「私は、考えてないわ」
苦々しくそう言う呉葉に、秀美はそれ以上何を言っていいか分からなくて。
「進学するなら早めに決めた方がいいよ?」
とだけ話すと、昼食を取るべく屋上へ呉葉を促すのだった。
「で? 秀美は大学で何がしたいの?」
昼食のパンをかじりながら、呉葉は伺うように秀美を見た。
何も考えていないと思っていたのに、ちゃっかり自分の進路なんて決めちゃっていたんだな。そう思うと、なんだか自分が置いていかれている気がして、呉葉は少し寂しくなるのだった。
「えーっとね……」
少しの間、秀美は照れたように唸って。やがて意を決したかのように大きく息を吸い込んだ。
「心理学」
「心理学?」
呉葉はきょとんとして秀美の言葉をオウム返しにする。秀美と心理学という学問が結びつかなかったから。
「そこまで不思議そうな顔しなくても良くない?」
気付くと秀美が不満そうな顔をして呉葉をじとっと睨んでいる。
呉葉はそれに苦笑してみせ、
「ごめん。なんかあまりにも似合わなくて、さ」
と言うと、
「それもひどいな」
と、秀美も苦笑したのだった。