お題小説

□私だけを見つめて
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 私たちは居酒屋で出会った。限りなくイージーで果てしなくチープ。安っぽい、そんな言葉が良く似合う。だって私はぺちゃんこになった座布団の上で、くそみたいにまずいジントニックを飲んでいたし、彼はキープの一番安い焼酎を飲んでいた。

 私はお金を持ってこなかった。何でもおごってくれると会社の同僚が親切にも申し出てくれたから。それで付いてきてみたら、こんな安っぽい居酒屋だったのだ。がっかりした。私はそこら辺の女の子よりも整った顔をしている。だからおごってあげたいとか、何か買ってあげたいとかいうお誘いは結構ある。そりゃあ、誰だっていい訳じゃないから断る時だってあるけど、大体はそういうお誘いに乗るようにしている。私が損する訳じゃないし、優しくしてくれた人と寝る訳じゃないし。



 女の同僚達には『女を使って……』なんてトイレで言われて来た。本人が中に入ってるなんて気付きもしないで、必死で陰口を叩いてた。私は女を使っているわけじゃない。同僚達の方がよっぽど女であることをアピールしていると思う。男受けする髪型に、男受けするメイク、男受けする香水、男受けするしぐさ……あの探究心はある意味すごい。そんなものじゃ特定の男に威力を発揮することが出来ない。彼女たちはそういった行動のせいで、自分自身が数多い女の一人でしかなくなっていることになぜ気付かないのだろう。



 そして今日の最悪なお誘い。

 どうしようもないから、私はジントニックを飲んでいるのだ。もっと素敵なバーなんかに連れて行ってくれると思ってたのに。意中の相手を誘うのが、チェーン店の居酒屋? 安っぽく見ないでほしい。これだったら自分で作る手料理の方が数段美味しい自信がある。目の前の男に惹かれることは絶対にない。私は早々に見切りをつけた。
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