お題小説

□白、煙草、ブランコ
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 どうして私は泣いているのか。目の前の少女は、こんなにも小さい体で、私の心を震わせる。
 それは、とても――。


 私は失業したわけでも、破産したわけでも、恋人に別れを告げられたわけでもなかった。
 ただ、平日の昼間、有給休暇を消費するためだけに、予定も無く会社を休んでみただけだ。
 滅多に無い休みとはいえ、子どもは学校、妻はパート。その上、特に行きたい場所も無い私は、とりあえず昼の公園へと足を向ける。そこは、まだ幼稚園にも行ってない小さい子どもと、その母親集団で占領されていた。
 Tシャツにジーンズというラフな格好に身を包んだ三十代後半の男が、真昼間の公園で煙草なんぞ吸おうものなら、それはそれは回りの主婦たちに白い目で見られる。そしてその主婦集団は、子どもたちにも、
「あのおじさんに近づいたらダメよ」
 なんて注意している。そういえば朝、ひげを剃ることを忘れた。ということは、私のあごには無精ひげがまばらに生えている。ただでさえあまり人相の良くない私のことだ。それじゃあ、不審者に見られても仕方が無い。


 退屈だ。

 公園のベンチに腰掛けながら、何故こんなところへ来てしまったのだろうかとため息をつく。
 煙草をくゆらす以外になにをするわけでもない。ただそこに座っているだけの私を、母親たちのひそひそ声と、子どもたちの恐怖の眼差しが居心地の悪さを増徴させる。本来、子どもたちには取り合いになるはずのブランコも、私がすぐ傍にいることで誰一人遊びに来ようとしない。
 まぁ、ぎゃあぎゃあと懐かれるよりは数段ましだとは思うが。

「おじちゃん、暇?」
 私があくびをかみ殺すのに必死で、無防備な顔を晒していた刹那、少女が話し掛けてきた。
 今まで変質者扱いをされていた私にとって、目の前の少女こそが脅威に感じられるほど、有り得ない状況。一瞬で公園内を走った緊張感。その一秒後に、は大人たちは知らん顔。すると子どもも見て見ぬふりを始めた。
「ね、一緒にあそば?」
 白いワンピースの少女は、無邪気にオレを覗き込む。年のころは、おそらく四、五歳くらい。両手にシャボン玉の容器を持っていた。
「おじちゃん、シャボン玉は好きじゃないんだ」
 顔をそむけ、目を伏せる。変質者にはなりたくない。
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