短編

□魚心あれば水心
1ページ/2ページ

冨岡義勇に継子が出来た。
そう聞かされた冨岡以外の柱はみな、

なんて哀れな輩がいるものか

と、心底同情した。
冨岡義勇といえば、協調性に乏しく、表情も言葉も乏しい、というダメな三拍子が揃っている為、柱内でも孤立気味の男だ。
そんな男に継子を育てることが出来るのか、次世代の柱となるべく鍛えなければならない若い隊士を。
半年に一度の柱合会議。いつも通り今後の方針、昨今の隊士達の弱体化などを嘆き話し合い、が終わりに近づいた頃、産屋敷が義勇に声をかけた。

「そういえば義勇。継子にした子はどうだい?とても良い子だと聞いているよ」

きた、と柱達の関心が一斉に義勇へ向く。
冨岡は相変わらず表情を変えることなく

「特に言うことはありません」

淡々と一言だけ述べて終わってしまった。
産屋敷はおだやかにならいいんだ、と笑い、柱達からはもっと何かあるだろ、と口々に義勇にヤジを飛ばしてくるが意に介さず、終わるや否や立ち上がり屋敷から出たその瞬間だった。

「あにさま」
「名無しさん」

張り上げたわけでもないのに、水面に広がる波紋のように凛とよく通る声だった。
思わず聞こえた方に意識を向けられ、鴉のように黒い人を見る。
年季の入った学帽、将校マントで隠れているため、顔と体の線がよく見えないが、声の高さと義勇が呼んだ名の響きで女だとわかった。

「任務で近くを通りましたのでお迎えに参りました」
「ああ」

一言、二言、義勇と言葉を交わしているうち、帽子のつばの下の視線が柱の面々を捉えた。
水の呼吸の使い手にふさわしい、流れるような所作で学帽を外し、一礼。顔が上がる。
日の下に晒された顔は、眼差し涼やかで可憐な少女だった。

「まぁ可愛らしいお嬢さん」

と、胡蝶しのぶが微笑み、今度は軽めの会釈をして、学帽を被り直してさっさと先に歩いていった師のあとを追っていく。

「あにさま、今日は鮭大根作ります」
「ああ」
「おいしく作ります」
「ああ」
「頑張ります」
「ああ」

その一言ずつのぶつ切りな会話で、皆悟った。
ああ、似た者師弟だと。甘露寺蜜璃は子犬のようだ、と名無しさんにときめいていた。
お互い一切表情が変わらない。会話が広がっていく様子もない。義勇に至ってはさっきから“ああ”しか言っていない。
両方口下手なら、上の立場の者がなんとか合わせてやるべきだが、義勇にそんなスキルも気遣いもできるはずがない、しかもうら若い女ときた。
実物をみてさらに不憫だと見ていた柱の面々、しかしてあの冨岡義勇の継子が気になると会話の耳で追っていると、不意に名無しさんが信じられない言葉を口にした、

「あにさま、今日はとても嬉しそうなお顔をしていますね」

音柱・宇随が

「なんつったあいつ?」

と、思わず呟いてしまったほど、その言葉は冨岡義勇という男を知るものからしたら、信じられない言葉だった。
嬉しそうな顔をしている冨岡義勇など、一度も見たことがない。
誰かが

「胡蝶。一度あいつの眼を見てやれ」
「そうですね、いつか負傷した折にうちに来て頂けたら」

と、割かしひどい言葉を投げてしまうのも無理はない。
不意に、犬のように後ろをついて歩いていた名無しさんの方へ、歩みを止めた義勇が振り向いた。
そしておもむろに学帽をとると、ぽん、とその手を名無しさんの頭に優しく置く。
口元は名無しさんの青い髪留めが留まった頭で隠れて見えなかったが、まるで眩しいものを見るようにその目は細められていた。
また学帽を被せると、踵を返してさっさと歩きだす義勇の後ろを歩いていく。

「あにさま、髪留めありがとうございます」
「ああ」
「今日も使っています。大事にします」

髪留めを買ってやる甲斐性と気遣いがあの男にあったのか、とみな2人の背中を凝視する。
姿と声が小さくなっていき、ついに見えなくなったところで、誰かが呟いた。

「なんでよりによってあいつのところだ」

今の柱達の多くには継子がいない。
その次元違いの強さから心折れるもの、単に素質のないもの、またあっても育つ前に殉職してしまう。
あの継子の少女はもう半年は冨岡とすごしているし、あの慕い様を見る限り冨岡のあの性格も気にならないのだろう。
それでもあの少女の行く末を案じてしまう程度には、みな人だった。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ