短編

□あなたの勿忘草
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いつも明るくて、優しくて、よく冗談を口にしているナシ様のあんな真剣な顔を初めて見た。
鬼の女の子を三度も刺して、ご自身の血に濡れた腕を目の前に本性を出せと突き出す不死川様。
やめろ、と叫ぶ竈門炭治郎様。柱の皆様は誰も止めなかった。でもナシ様だけは屋敷に上がって、鬼の女の子の隣に膝をついた。
みんなナシ様を驚いた目で見ている。私達も。

「ナシテメェなんのつもりだァ?」

ナシ様は不死川様にお返事をしないで、鬼の女の子の頭に手を置く。私達にしてくださるみたいに、静かに優しく。

「落ち着いて、深呼吸・・・は、血の匂いで余計興奮して辛いな。できるだけ口で息吸いな。
松衛門に聞いた。兄ちゃんと一緒に鬼と戦ったんだって?腹減ってんのに二年も我慢できたんだってな?
えらいな、誰にだってできることじゃねぇよ。二年も頑張れたんだ、これからも頑張れるよな?」
「・・・」

こくり、と鬼の女の子はナシ様の顔を見て頷いて、不死川様からそっぽを向いて、ナシ様にぎゅっとしがみついた。
ずるい。

「よし!よく頑張った!えらいぞ禰豆子!」
「ナシテメェ邪魔しやがって・・・!」
「本当に理性のない鬼なら俺がいようがいまいが襲いかかっただろ。
あ、お館様ー切腹同盟に俺の名前も入れといてくれますー?」

みんな息をのんで、ナシ様を見た。

「良いのかい?」
「はい」
「「ダメ!」」

思わず叫んでしまった。あとで怒られるかな?でも、ナシ様には死んでほしくなかった。
ナシ様は驚いた顔をして、でもそのあとすぐにいつもの笑顔になった。

「少年。禰豆子が人を襲ったら、このみんな大好きナナシお兄さんも道連れになるって覚えときな。こんな男前が死んだら世界の損失だゾ☆」
「はいっ!ありがとうっ・・・ありがとう、ございますっ・・・!」
「お、おう・・・ボケにまじめに返されると居た堪れんわ・・・もう大丈夫だから泣き止めって。はいチーン。
あ、そこの隠の子、この千代紙、箱の穴に貼っといてやんな。隙間から陽の光入ったら痛いだろ」
「わ、わかりました!」

テキパキと炭治郎様の鼻をかんであげて、隠の方達に指示を出すナシ様。他の柱の方達に、特に不死川様に睨まれてもいつも通り飄々としてらした。
柱合会議が終わったあと、お父様にどうしてナシ様はあんなことをしたの?って聞いたら、悲しそうなお顔をなさって教えてくれた。

「思い出してしまったんだろうね・・・ナナシは優しい子だから・・・」

ナシ様にも妹がいたんだって。鬼にされてしまった妹がいたんだって。

「「ナシ様」」
「ん?どうしたちかちゃん、ひなちゃん・・・え?!なに?!ちょ、なんなん!?」

次にナシ様が来た時、二人でナシ様の胸や、背中を何度も叩いた。ナシ様には全然痛くないだろうけど、それでも私達が怒ってるんだってことは伝わって、困った顔でしゃがんでくれた。

「あー・・・柱合会議の時のこと怒ってたりする?」
「「はい」」
「あー・・・うん、まぁ、禰豆子を庇ったのは結果論で、正しいのは皆の方で俺が間違ってるってのはわかってんだけどなー・・・。
俺にもさ妹がいたんだよ。生きてたら禰豆子と同い年ぐらいの。
俺の妹は俺の両親食っちまったから殺すしかなかったけど、禰豆子はまだ誰も食べてない、何の罪も犯してない。
なら、誰かを傷つける前に、鬼舞辻無惨を倒して、禰豆子は無事人間に戻りました、めでたしめでたし!・・・そうなったら素敵だろ?
そんな絵空事みたいな優しい結末の方が、そうなってくれる方が、本当は誰だって良いに決まってる」

私達をお膝に乗せて、ナシ様は鬼になってしまった妹のことを教えてくれた。
本当に優しい子で、首を落とされた直後、人の心を取り戻して、お兄ちゃんごめんなさいって泣いたことが忘れられないって。

「ずるいよなぁ・・・最後まで人喰いの化け物でいてくれればいいのに、そしたらもうあれはあいつじゃないんだって諦められたのにさ・・・」

ナシ様のお顔は見れなかったけど、きっとすごく優しくて、悲しそうなお顔をしてたと思う。
ナシ様は本当に優しい、優しいからきっと、私達のことも忘れないでいてくれる。
何度も思い出して、泣いてくれると思う。

ごめんなさい

「ひなちゃん!ちかちゃん・・・!」

鎹鴉が鬼舞辻無惨の襲撃を叫んで、柱の皆様が集まってくる。
怖くないって言ったら嘘だけれど、それでも、私達はお父様とお母様と一緒にいきます。
どうか、私達のことも忘れないで。
どうか、どうか、妹さんの仇を、私達の仇を討ってください、優しいあなた。

大好きでした
 

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