狩人

□いつもと違う午後
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 いつもの午後だった。

「イルミって無表情だね」
「藪から棒だね」

 目の前の長い黒髪を、丁寧に櫛で梳かしながら私は言った。
 イルミは気に障ったのか、ちょっとだけ顔を動かした。それで表情があると言えるのだろうか、そんな変化は私しか分からない。

「イルミって美人だね」
「そりゃヒナタよりはね、俺、母さん似みたいだし」

 今度はちょっと口角が上がった。感情表現の欠しさは子供の頃から変わらない。

「イルミって好きな人居なさそうだね」

 あんまりにも失礼な物言いにも、イルミは大げさな反応を示さなかった。
 私は黙ってしまったイルミの髪を梳かし終わり、流れる髪から手を離した。本当に綺麗な髪だと思った。

「ヒナタは好きな人いるの」
「いるよ」

 とっくに私の思いに気がついていると思っていた。私は今更何を言うんだ、みたいな目でイルミを見た。
 イルミは私に背を向けたまま、何故か殺気を露にしていた。

 あんまり怖い物だから後退れば、イルミは音も立てず私の前に立ち、私の肩を強い力で掴んでいた。
 私を睨む瞳は、いつもと違って泥の底のようではなく、怒りの感情でらんらんと燃えていた。力強い瞳に縫い付けられて、身動きが出来なくなる。

「誰」

 短い言葉にも迫力があった。

「イルミ」
「だから誰、早く言って」

 肩がみしみしと嫌な音を立てた。折れたかもしれない、痛みは分からなかったが、そんな気がした。

「だから、イルミ!」

 叫ぶように言えば、イルミの力が抜けた。

「イルミって鈍感だね、バカ」

 痛む肩を抱いて、水分を溜めた瞳でイルミを睨んだ。
 また泥の底に戻った瞳が私を見た。大きな猫目を私はとても愛している。

「俺?」
「イルミ」

 何度だって言った。イルミが信じるまで繰り返した。

「イルミの好きな人ってだあれ」

 今度は私の番だと言うように、まだ信じきれていないイルミに聞いた。
 脱力したみたいに座り込んでいるイルミは、見たことも無いような笑顔で「ヒナタ」と言った。


 可愛かった。本当に、可愛かった。


「もう一回」私は強請った。
「ヒナタ」イルミの優しい声が鼓膜を揺らした。
 溢れてくる愛情をイルミにも伝えたくて、たまらず目の前の男を抱きしめた。折れたか、ひびの入った肩が今更悲鳴を上げた。


「可愛いよイルミ」
「うんヒナタよりは可愛いと思うよ。なにせキルアの兄貴だからね」

 まったく関係ないと思った。
 私はイルミが照れ隠しで言ってる、と、思うことにした。こんな良い場面でブラコンをされても困る。
 イルミの長い髪が、私の頬を撫ぜていく、その心地よさに目を閉じた。麗らかな日差しが私たちを照らした。





→読まなくても良いあとがき
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