狩人

□最低なハニー
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 泣いてばかりいた。兎にも角にも、私は涙と一緒にもろもろを流し切ってしまいたかった。

 だから、朝も昼も夜も、ご飯を食べていようが、テレビを見ていようが、風呂にはいっていようが泣き続けた。
 その甲斐あって、大分もやもやが薄れてきた。もやっ、と、ぐらいの切なさになってきたところで、諸悪の根源がたずねてきた。
 やっと止まりかけた涙が、ぶわっと凄い勢いで溢れては流れ、私の瞼は余計膨れ上がった。

 私を泣かせた張本人は、なに吹く風と言った装いで、勝手に冷蔵庫を開けて牛乳を飲んでいた。殺意と言うものを抱きそうになる。

「君、酷い顔だよ」

 誰の所為だと思っている、そう言いたくても、涙で言葉は出てこなかった。代わりに嗚咽ばかりが零れた。

「もしや、あれからずっと泣いてたりするのかな」

 さも面白いです、と、言わんばかりの男が憎らしくて、無言でティッシュ箱を投げた。よけられた。
 勝手に別れを切り出して、勝手にこうして掻き乱しに来る男の行動全てが憎かった。

「やっとっ! やっと、ふっきれそ、だっ、た、……のに!」

 投げたティッシュ箱を取りに行った。男の足元にあるそれを持ち上げて、ティッシュを数枚取った。
 流れてくる涙を止める気にはなれなかった。

「うん、そうだと思って訪ねてきたんだ」

 私を後から抱きしめて笑う男は、酷い男だった。

「試してごめんね」男の言葉は私の神経を逆撫でた。勢いのまま、男の腕を振り払った。

「出てって!」

 付き合っていたときは、男にこうして叫んだ事はなかった。男の望む事をいつも、はいはい、と聞いていた。
 今思えば、なんて無駄な時間だったろう、無性に腹が立った。
 私の反抗に、男は珍しくうろたえていた。

「ヒナタ」

 男の呼ぶ、自分の名前が好きだった。

「無理やりする? いつかの時みたいに、私の腕を押さえ込んで、やりたい放題する? したいならしなさいよ!」

 いつの間にか涙は止まっていた。


「もううんざり!」


 暴力を振るわれても、強姦まがいの事をされても、浮気をされても、愛しているから許した。
 理不尽な理由で別れを告げられても、自分を責めて泣き暮れていた。バカみたいだった。

 急に視界がクリアになった。
 男がくれた、たった一つの指輪を指から外して、床に強く叩き付けた。壊れはしなかったが、キィンと良い音がした。

「ヒナタ」

 呆けたまま、私の名前を呼び続ける男が、本当に煩わしくなった。

「分かる、私たちは別れたの、それもヒソカ、貴方から別れを持ち出した! もう私に関わらないで」

 普段なら、ヒソカみたいな大きな男を、私の力だけで玄関の外に追い出す事は出来なかった。
 でも今は、まるで別の力が後押しするように、ヒソカをぽいっと投げ捨てた。まるでゴミみたいに投げ捨てられた男を、私はそれ以上見ることなくドアを閉じた。
 あれほど泣いていた瞳からは、枯渇してしまったように何も浮んでこなかった。
 ただ変わりに笑いがこみ上げてきた。
 思い出すのは、決して綺麗な思い出ばかりではなかったが、それでも愛していた。ただ、もう夢を見るほど愛していないだけだ。

「馬鹿みたいっ」

 笑い終われば、活力がぐんぐん湧いてきた。
 つい先ほどまでは喉も通らなかったというのに、空腹に腹がぐーぐー煩かった。男が好きだと言った、私のお手製味噌汁を作ってみた。
 温かい湯気が、泣き腫らした瞼に優しかった。一口飲めば、熱さに体が震えた。





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