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□堅い男の攻略法
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「弦ちゃん大好き!」



 フェンスの向こうでテニスに打ち込む彼の姿を見るだけで、私の頬は勝手に上気して赤に染まる。吐く息は白く、むき出しの足は寒さに震えているのに、心が燃えるように熱い。


 私は真田弦一郎に恋している。


 テニスに余り興味のない友人を引っ張り込んで、こうしてテニス部に足を運んでしまうほど、私は恋に溺れている。

 同学年とは思えないほどのストイックさ、今時珍しい武士道精神に、私は最初嫌悪すら抱いていた。気持ち悪いとさえ思っていた。

 私たち中学生だよ、もっと遊ばないと変だ、異質だ、と、私は彼を勝手に批判していた。

 それがたった一度彼のテニスを見ただけでぐるりと変わってしまった。目が釘付けにされて離れなくなった。彼の一挙一動に心が弾んだ。


 私は、恋に突き落とされた。






「日向寒い」

「後でラーメン食べに行こうね! キャー、今の見た? 弦ちゃんが部員に張り手した、カッコイイ!」

「……寒い」


 彼の真っ直ぐな瞳は、いつも前を見据えている。それを私に向けてもらえたら、きっと私は幸せで死んでしまうかも知れない。ハートを打ち抜かれてしまうだろう。

 込み上げてくる感情に後押しされるように、涙がぽろぽろ溢れてきた。

 いつもこうだ。彼を見ていると感情が上手く制御できなくなってしまう。友人はそんな私に慣れているので、今となっては無視だ。

 そうしている内に部活は終わり、部員達が帰りだす前に、私と友人は気に入りのラーメン屋に飛び込む。

 付き合ってもらうお礼に、ラーメンはいつも私の奢りだ。


「弦ちゃんカッコよかったぁ……幸せ」

「ずずー……んぐ、んぐ……ずずー……」


 私の初恋だった。

 彼に好かれたくて、金髪に染めた髪も黒に戻した。短すぎたスカートも標準の丈に直した。濃い化粧もやめて今はすっぴんだ。

 夜遊びもやめた。カツアゲもやめた。喧嘩も売られたって買わず、殴られても蹴られても罵られても、されるがままになった。

 体の痛みなんて気にならない。ただ彼に蔑まれることに比べたら、全てが安い物だ。


「ぷは、ごっそさん。やっぱラーメンって言ったらミソだわ、譲れん」


 友達もみんないなくなった。残ったのは、私の小学校からの旧友である、目の前のラーメン女だけだった。



「で、告白はいつするのさ」


「こ、告白!? ムリムリッ、そんなんできないよ! だって、私なんて、弦ちゃんに似合わないし……弦ちゃんにはもっと、お似合いの人がいるよ」

「そんなこと言ってるけど、真田があんた以外のこと好きになったらなったで、びーびー泣くんだから。似合わないこと言うな」

「……今は見てるだけでいいの、幸せなの。それにさ、今ふられたら私またダメになっちゃう」


 早く彼に相応しい女の子になりたい。清楚で可憐で、才色兼備の綺麗な女の子になりたい。

 脱色して痛んだ髪、化粧でボロボロの肌、喧嘩で出来た傷や痣、その全部を綺麗にして、そうなったら始めて私は彼の前に立てる。それまで私はフェンスの向こうで彼に恋するのだ。

 まずは言葉遣いを変えてみた。似合わないけど、これだけで変われたみたいな気がするから不思議だ。


「また泣いてる」

「ごめん」


 大好きで心が埋め尽くされて、上手く息が吸えない。呼吸困難で死んでしまいそう。

 でも死ねない、彼に私を見てもらう日まで、私は死なない。







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