番外編

□疑問
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俺たちが通っている高校に入学してから数日が経ったある日のこと。

「なぁ、麻衣」

陽射しの暖かな春。

春眠暁を覚えず、とはまさにこのことだなぁ、と思いながら夢の旅路へと向かおうとしていた時、ふと気が付いた。

「なに?」

洗濯物を干そうとしていた手を止めて、こちらに視線をくれた。

「今さらだけどさ、いくら姉弟とはいえ、お年頃の男女が同じ屋根の下に住むのはどうかと…」

本当に今さらだ。

中学生までは、担任の先生のところに下宿させてもらい、高校に入学してからは、俺たち二人で自活している。

「え、何で?アキはあたしと一緒に住むの嫌なの?」

「そうじゃないけど…」

麻衣が不安そうに訊いてきたため、俺は慌てて否定した。

「なんて言うか、いろいろと不味いんじゃ…」

一応、俺だって男だし。

「そうだねぇ…。洗濯物別々にする?」

顎に手を当て、しばらくの間思案した結果、導き出した答えはかなりずれたものだった。

「根本的な解決になってねーし」

嬉しそうに「名案でしょ」と言っている姉に、すかさず弟がつっこむ。

「あっ、そっか」

「第一、洗濯物別々にできる程経済面豊かじゃねーだろ、俺たち」

一度で済むものを二度に渡ってするなんて、馬鹿げてる。

二度手間もいいところだ。

「そうだよね。じゃあ、家別々にするの?それこそ無理だよ」

止めていた手を再び麻衣は動かし始めた。

「それに、あたしは嬉しいよ。アキと暮らせて」

洗濯挟みでタオルをとめながら、優しく微笑んだ。

「またこうやって一緒に暮らせることが、何より幸せだよ」

「……っ、俺も、幸せだよ」

あぁ、駄目だ。視界が滲む。

泣いているところなんか見られたくなくて、急いで顔を伏せた。

「アキったら泣き虫〜」

なんてからかってはいるが、口元は優しく弧を描いているに違いない。

最近の姉は本当に泣かせ上手になった。

「洗濯物干し終わったらさ、買い物行こう」

「えぇー!」

麻衣の一言で涙が引っ込んだ。

「何で嫌がるのよ!?」

不服そうにこちらを見てくる。

「どうせ今日も重たいもん買い込んで、俺に持たせるんだろ」

大体俺が麻衣と一緒に買い物へ行くと、殆どの場合が荷物持ちになる。

「どうしてそう思うの?」

「醤油が切れただの、米買い置きしなきゃだのなんのって、昨日麻衣言ってたじゃん」

風呂あがりにお茶を飲もうと台所へ行ったら、たまたま偶然麻衣がそんなことを呟いていたのを聞いた。

「聞かれてたのか」

「ばっちり」

「でも行こうね」

満面の笑みで言われたらこっちが折れるしかない。

「わかったよ」

「やったー!洗濯物も終わったし、準備してくるから待ってて」

洗濯籠を片手に駆け足で風呂場へと消えた。

「俺と暮らせて幸せ、か…」

夢にまで見たような普通の生活が、今ある。

諦めかけていた平凡な毎日を、今こうして送っている。

後はこの日常をもう二度と失わぬよう願い、そして変わらぬ日々に感謝しながら生きていくだけだ。
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