短篇

□Dear,Alice
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「アリス……アリスっ!!」

どこかで誰かが名を呼んでいた。
アリス、愛しのアリス。

(アリス……?)

名前を呼ぶ声を頼りに、なんとなく右手を上に伸ばしてみた。
何か掴めればいい、誰かがこの手を掴んでくれればいい。
そんな淡い希望を抱いて上げられた手は、意外な事にしっかりと誰かに握られた。

「ん……」

誰だろうと微かに目を開けば、ピンク色のなにかが眼前に存在していた。
黒いロングコートを羽織ったピンク色の髪をした男。
それより、特出すべきなのは彼の頭に生えている髪と同じ色をした猫耳だろう。ピクピクと彼の感情に合わせて楽しげに揺れ動く耳は、少女からしてみれば滑稽なものに写った。
だが、何よりも心配だったのは、彼の顔に両目を覆うようにして巻かれた包帯だった。
これでは目が全く見えないだろうに。

「ああ、アリス! よかった! 全然目が覚めないからどうしたんだろうと思ったよ! 僕、本当に心配したんだからね」

少女には親し気に名を呼ぶこの男が誰なのか、面目検討がつかなかった。

「あの……どちらさまですか?」

「はは、アリスは寝ぼけてるんだね」

(寝ぼけている……?)

ケタケタと笑う猫に、少女は訳がわからなくなってきた。
寝ぼけているにしては、何も分からない。
少女にはこの男が誰なのか、そもそも自分が何者なのかすら分からなかった。

「あなたは……誰?」

「本当にどうしたの、アリス。僕はチェシャ猫。僕はずっと一緒にいる君だけの猫じゃないか」

(アリス…チェシャ猫…?)

そう言われれば、ずっと側にこの猫がいたような気もするし、自分の名もアリスだった気がする。

「さあ、アリス行こう!今日は女王様のところへ行くかい?ああ、帽子屋のところでお茶会をしてもいいね」

「だれ…?」

「アリス、ねえ、一体どうしたの?」

首を傾げた猫に、訳がわからなくなっていく。

(あれは……ウサギ……?)

そんな時、視界の隅に白いウサギが写った気がした。

「こっちだよ、アリス」

ウサギは少女を導くかのように、チェシャ猫が行こうとしている反対の方角へと走り出した。

「さあ!早くおいで!」
「あ……っ!」

なぜだか追いかけなければならない気がした。
今ここで、追いかけなければ後悔すると思った。
だから、アリスはウサギを追いかけて走り出そうとした。伸ばした左手は虚空を切るだけだったが、今ならまだ間に合う距離。

だが、反対の手をチェシャ猫が掴んでいた。
目は見えないであろうに、意外にも動きは素早いものだった。

「アリス、そっちは駄目だよ」
「でも私はあっちがいいわ」

確かに、うさぎが走っていった方角はただの森だ。それどころか、遠くに大きな穴すら空いているように見える。

「残念だけど、それだけは駄目だ」

「どうして?」

「この先はただの闇だから危ない、それだけだよ」

ニヤニヤと三日月のように笑う猫は、アリスの差した方角とは逆の方へと向けて、アリスの手をきつく握って歩き始めた。

「さあ、アリス!行こう!」
「待って!チェシャ!私はっ!」
「そうだなー、やっぱり今日はお茶会にしようか。帽子屋ならきっと面白い話をしてくれるよ」

ああ、愛しのアリス。君はどうしてそんなにも迷うのか。
ああ、愛しのアリス、君がここにいてくれるなら、僕「達」はなんだってしよう。
だから、早く堕ちておいで?

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