甘き香り、陽炎に似て

□僕らの名前…K
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【さ】


咲き誇りすぎて溢れている桜並木の下を歩く。
人々の喧騒と、時折降り注ぐ雨のような花びらに、この場にいるだけで酔ってしまいそうだった。

「もう、散っちゃうんだねぇ」
「あぁ、そうだな」

隣を行く少女の呟きに、軽く相槌を打つ。
その声に、いつもの明るさが感じ取れなくて目を向けると、肩の下で桜を見上げる真剣な横顔があった。

「こんなにすぐ散っちゃうんなら、最初から咲かなければ良いのに」

投げやりな口調で言い放つ。

「…理緒、おま、何言って」

動揺した香介の様子に、小さく苦笑した理緒は、ぱん、と両手を勢い良く合わせる。
そっと開いた手の中には、タイミングよく落ちてきていた1枚の花びら。

「なーんて「それじゃ、意味ないだろ」

誤魔化そうとした少女の台詞に、香介の声がカブって、理緒が目を瞬く。

「散る為に咲いたんじゃなくて、咲いたから散るんだよ。咲かないもんは散れないんだから、最初から咲かなかったら意味ないだろ」
「…何言ってんの」
「あー、それにだな」

がしがし、と立てた赤毛に指を入れて、言葉を探した。
理緒の不思議そうな視線に、にっと歯を見せてやる。

「桜だって、こんだけの人に喜ばれりゃ、本望なんじゃねーの?」

見渡す限りの人、人、人。
皆、馬鹿みたいに笑って。

「…こーすけくんのくせに、生意気だ」
「何だよ、それ」

くしゃり、と前髪をかき混ぜてやると「ふわぁ」と幼い声をあげた。
先に歩き始めると、歩幅の違いから、小走りになった理緒が隣に並ぶ。
その表情が、どこかすっきりとして見えて、香介は小さく息を吐いた。



『さくら』

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