「ありがとう」を君に

□祭の夜
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一目惚れ、というのは唐突にやってくるもので。
「…くぅっ」

想いはいつだって、一方通行なのだ。
「うあ、また外れたっ」

…お祭りの、射的の話なんだけどね。

「おじさん、もう1回お願いっ」
「はは、頑張るねぇ」

お金を渡して、弾を受け取る。
気合を入れて、袖を肩まで捲り上げた。

「どれが欲しいんだ?」
「あのふわふわもこもこ猫!15番のぬいぐるみっ」

条件反射で答えて、ふと気付く。
…ん?今、私は誰と会話した?
いつの間にか、息がかかるほどの距離で背後にいた人を、そっと振り返る。

「うわ、アイズッ!?」
「何だ、叫ぶな」
「だってアイズってば、アイズがどんだけ有名人かって事、ちゃんと自覚してよねっ!!」
「だから名前を連呼するな」

静かに言われ、慌てて口を閉じる。
アイズは、ちら、と私の顔を見ると、無表情に射的銃と弾を取り上げた。
そしてひょい、と構えたかと思うと、1発。

――ぱすっ

軽い音がして、あっけなく15の札が倒れた。

「ほら」
「あ、ありがと…」

展開の早さについていけていない私に、アイズが猫のぬいぐるみを手渡してくれる。
見た目通り、ふわふわして気持ち良い。

「ねぇ、アイズ…」

名前を呼ぶと、くるりと周囲を見渡していた彼の視線が、私を見て、ぴたりと止まった。

「木を隠すなら森の中、という言葉を知っているか?」
「え?」

これだけの人混みなら、アイズだって紛れられると言いたいんだろうか。
でも実際のところ、そう思っているのは彼だけだと思う。
現に、さっきから周囲の(主に女の子の)視線が痛くて堪らないのだ。

それには全く気付く様子のないアイズに、思わず溜め息が零れる。

「…だから、何だ」
「何でもありませんー」

むくれて見せると、彼は「仕方ないな」という顔で笑った。
捲ったままだった袖を、綺麗な指で直してくれる。
ふわり、と歩みを促されると、何だかくすぐったくて笑ってしまった。

「何か食べるか?」
「そういや、お腹空いたね〜」

夕陽のオレンジを連ねたような、夜店の屋台。
彼の涼やかな銀髪を、あたたかい色に照らして。
いつもは静かなこの場所が、人で溢れかえる時間。
2人を隠す、祭りの夜。


―――Fin.Thank you for Reading!!
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