「ありがとう」を君に

□月と狼
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すっかり陽の暮れた道を、ゆっくりと歩く。
ふと隣を見上げれば、後ろで1本に結んだ赤毛の向こうに浮かぶ、丸い月。
あんまり大きくて、明るくて、それは隣を歩く総和の表情が、少し逆光になる程だった。

「すごい月だね〜」
「あら、ホント。そういえば今夜は、十五夜だったわね」

月といえば、兎の餅つきに狼男。
バンパイアが出るのも、満月だっけ?

私がつらつらと、くだらない事を考えていると、総和がこちらを見ながら可笑しそうに目を細めていた。

「なーに?また面白いコト、考えてるんでしょう?」
「いや、面白いって言うか…狼男は何で、満月を見て変身しちゃうんだろーなぁ、とか。別に三日月でも、太陽だって良いじゃない?」

口にしてみると、改めて不思議になってくる。

「そうねぇ、やっぱり満月には、魔力があるってコトかしら?」

ひどく真剣な口調で、総和が呟いた。

「三日月よりよっぽど、神秘的だしねぇ。それに太陽じゃ、ちょっとカッコ付かないじゃない」
「そう?別に昼間に狼になっても、構わない気がするけど」
「いや、男が狼に〜って、何だか“送り狼”なんて言葉を思い出したりするのよねぇ」

ふんふん、と頷く様子がやたら芝居がかっていて、冗談だという事は分かった、の、だが。


「えーっと…おくりおおかみって?」

小さな声で聞くと、彼は一瞬、目を見開いた。
それから、大袈裟に肩を落として見せる。

「…知らない子は良いわよ…。
えっと、女の子を送ってった先で、そのまま狼になっちゃう男のコト、かしらね」

歩いても歩いても、総和の向こうにある月が、彼の赤毛を鈍く光らせる。
夜道で見上げる赤は、いつも見ている赤とは、何だか違う色に見えて…

「…今、あかずきんちゃんを想像しちゃった」
「やーだ、何それ?ワタシの髪の毛、見てたからでしょう?」

キャハハ、と零れた笑い声が思いの外よく響いて、慌てて口をふさぐ。
私も思わず、彼に向かって人差し指を立てていた。
顔を見合わせて、堪らず吹き出す。

「食べられちゃわないように、気を付けてちょうだいね」
「食べられるのは、あかずきんちゃんでしょう?それに、気を付けるって、具体的にはどうすんの?」
「うーん、そうねぇ…」

総和が首をかしげるのに合わせて、伸びた前髪が顔にかかる。
慣れた仕種で、それを耳にかけると、ふ、と笑った。

「ワタシ以外の男に、気安く送ってもらわない、とかかしら」
「ふーん…まぁ、心掛けるよ」

私の軽い返事に、彼は満足気に頷いて。

「ふふ、ヨロシクね。
大体、昼間に狼がこんな街中をウロついてたら、動物園に保護されちゃうわよ」
「あはは、ホントだね〜」

再び上げてしまった、響く笑い声に、総和の手が伸びる。
大きな手にふさがれた声の代わりに、2人の忍び笑いは、彼女の家に着くまで収まらなかった。
それをひたすら見守り続けていたのは、夜空に浮かぶ綺麗な満月と、そこにいるかも知れない、月の兎。


―――Fin.Thank you for Reading!!
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