「ありがとう」を君に

□心臓の音
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「座木、座木」

私が手招きすると、彼は首をかしげながらも、素直にやって来た。

「どうかなされましたか?」
「はいココ。座って」

にこりと笑って、目の前の椅子を指差す。
座木は、きょとん、と椅子を見下ろしていたが、やがて私の顔を見ると、大人しく座った。

「何か面白い事を、思い付いたんですね?」
「うん、まぁ…って、何で断定?」
「そういう顔を、されています」

くすくすと可笑しそうに笑う。
一方で私は、背の高い彼を見下ろすという滅多にない状況に、ちょっとどきどきしていた。

…いやいや、こんな事で動揺していてはいけない。

うむ、と1人頷いて気合を入れる。
それに気付いたらしい座木が、こちらを見上げてきた。
まっすぐに目を覗き込まれるのは、何だか照れ臭い。

「えーっと〜ぉ…」
「?」

仕方ないので、へらっと笑った。
そのまま手を伸ばして、座木の頭を、胸に抱え込む。

「!?…え、ちょっ、あの…っ」
「お黙り。こっちも恥ずかしいんだからね」

拗ねたような声が出てしまった。
でも、それで彼は黙り込む。
少し伸びた黒髪は、思っていたよりずっと、さらさらしていた。

「心臓の音、聞こえる?」

そっと問い掛けると、座木が僅かに身じろぎした。
少し間があって、小さな声で「はい」と答える。
その声を聞いた途端、気持ちがすうっと穏やかになっていった。
母心って、こんな感じなのかな。

「赤ちゃんはね。お腹の中にいるとき、いつもお母さんの心臓の音を聞いてるんだって」
「はい」
「だからね、大きくなっても、心臓の音を聴くと安心できるんだって」

固くなっていた座木の力が、ゆっくりとほどけていく。
と、次の瞬間、腰に長い腕が回された。
ぐっと引き寄せられて、よろけた拍子に顔を上げた座木と目が合う。

「ありがとうございます。…でも、どうして私に?」

瞳が揺れる。
それが私にはいつも、泣きそうな顔に見えて。

「そんな顔するからだよ」

ぽつり、と零れた台詞の意味は、わからなかっただろうけど。
力が抜けたように笑った彼は、一瞬だけ、回した腕に力を込める。
そっと彼の髪を梳くと、隠れた耳が赤くなっていたのだった。


―――Fin.Thank you for Reading!!
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