「ありがとう」を君に

□秋の紅茶
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「いらっしゃい…って、あれ?」

深山木薬店のカウンター。
伊達メガネを掛けたところだったらしい雇われ店長は、私の顔を見た途端、営業スマイルをあっさり捨てた。

「なーんだ。僕の営業スマイル、返してよね」
「失礼な。スマイル0円は基本でしょ?」

そうだっけ、とぺろりと舌を出した秋は、音も立てずにパイプ椅子を出してくれた。

「今、ザギが出掛けてるから、店番してなくちゃなんなくてさ。ヒマしてたんだよね」
「ヒマ…はよくないんじゃないの?」
「何でさ?警察と葬儀屋は、ヒマが1番なんだよ?薬屋もヒマが良いに決まってるじゃないか」
「あ、そっか」

何だか、丸め込まれたような気もするんだけど。
一方で秋は、立ち上がりながら、華奢なメガネを襟元に引っ掛けていた。

「せっかく来てくれたんだし、お茶くらい出しましょうかね」
「うん、ありがと……え?」

椅子のパイプが、軋んだ音を立てる。
実のところ私は、秋の料理全般が殺人的だという事を、話でしか聞いたことがなかった。
どうやら、私が来るときは徹底的に、座木さんとリベザルがガードしているようなのである。
同居人にそこまでさせる腕、というものに正直、興味があった。
…それに、お茶を淹れるくらいなら、料理の腕など関係ないだろう。

「ね、私、横で見ててもいいかな?」

すると、簡易キッチンに引っ込もうとしていた秋が、拗ねたような顔で振り向いた。

「別に監視してくれなくたって、ちゃんと混ぜ物ナシで淹れるよ」

…普段は混ぜ物してるんかい。

「そうじゃなくて、純粋な興味?ただ見てるだけだから」

ね?と首をかしげてみると、秋は息をひとつ吐いて、振り向かずに手招きした。
やたっ!ゴーサイン!!

意気揚々と入った狭いキッチンには、綺麗に整頓されていたであろうお茶の缶が並んでいた。…つまり、今はもう整頓されていない。
紅茶で良い?と言いつつ、秋は調子よく缶を増やしていく。

「秋、こんなにどーすんの?」
「んー?淹れるけど?」
「…全部?」

おそるおそる尋ねると、呆れたような視線が飛んできた。

「さすがの僕も、これ全部は使わないよ。2人分なんだし…でも、それも良いかもな…」
「はい?ちょっと待って、秋!」

キッチンいっぱいに並んだ缶を眺めながら、何かを呟く秋の目が、急にイキイキしてきたのは、私の気のせいではないハズだ。
よく見ると、明らかに紅茶ではない缶も混ざっているのである。

…危機だ!

一瞬、真っ白になった私の背後で、神の声が聞こえた。

「ただいま戻りましたー!」
「リベザル、それはこっちにお願い」
「はい!…あれ、椅子が出てる?」

「おかえり!お邪魔してますっ!!」

思わずキッチンからとび出した私を見て、2人は目を丸くした。
後ろで舌打ちが聞こえたのは、多分私の気のせいである。


―――Fin.Thank you for Reading!!
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