「ありがとう」を君に
□おかえり
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1人暮らしで辛いのは夜、玄関の扉を開けた瞬間だと思う。
人気のない暗い部屋で、寒々とした空気がようやく動き出すのを感じると、私は1人きりなんだって改めて思い知らされる気がして。
いつの間にか、鍵を開ける一瞬、息をつくのが癖になってしまった。
でも、今日は違った。
鍵を回した瞬間、吐くハズだった息が止まる。
…鍵が、開いていた。
おかしいな、まさか掛け忘れたっけ?
まぁ盗まれるようなものは何もないけど、うっかり誰かがいたりしたら嫌だな…なんてことが、瞬時に頭の中を駆け巡って、思わず動きが止まった。
それでも、扉を開けてみないことには仕方ない。
音を立てないように、そっとノブを回す。
恐るおそる、少しずつ、1秒1ミリくらいのスピードで。
止めていた息がだんだん苦しくなって、ドアが小さく音を立てた瞬間。
それまでの何倍ものスピードで、ドアが開いた。
「おぅ、おかえりー」
「!?!?」
心臓がひっくり返って、悲鳴も上げられなかった。
「おい?大丈夫か?」
「…ぇ、香、す…け?」
おう、と目の前で屈託なく笑うのは、立てた赤毛に伊達メガネの男。
思わず力が抜けて、へたり込みそうになる私を慌てて支えてくれた。
「だーっ、ほら!とにかく入れよ!こんなトコに座り込むなっ」
「あぁ、ありがと…」
へろへろしながら部屋に入ると、香介が手際よくコーヒーを淹れてくれる。
これじゃ、香介の家に来たみたいだ。
「何でいるの?」
「へ?」
コーヒーを一口飲んで、彼のヌケた顔を見ていたら、少しずつ落ち着いてきた。
「何してんの、どうしているの、どうやって入ったの、誰の許可でそこに座るの!?」
「…何?怒ってんのか?」
別に怒りは、欠片も湧いていなかったけど。
ただ、ココで簡単に許してしまうのは何だか悔しいので、黙って睨んでみる。
「あー、えっと…」
居心地悪そうに目を泳がせて、香介が自身の首の後ろに手をやった。
「お前がこの間、帰ってきたときに誰もいないのが寂しいって言ってたろ?それ思い出してよー」
「…鍵は?」
「開けた。あれ、ピッキング防止のヤツに変えた方がいいぜ?」
「家宅侵入罪って知ってます?」
「…悪かった」
がく、と素直に首を落とす。
私は、彼が見ていないのをいい事に、顔が緩むのを堪える事で必死だった。
「ただよー」
顔を上げないまま、ぽつり、と小さく呟く。
「おかえりって言いたかったんだよ」
――〜がちゃんッ
「うわ!」
「げ、何してんだよ、お前!?」
持っていたカップを置こうとして、派手にコーヒーをこぼしてしまった。
何か拭くもの!と立ち上がった香介を見て、今度こそ声に出して笑ってしまう。
「香〜」
「あん?笑ってる場合じゃねぇだろ!?何か拭くもんないのかょ…」
「ただいまー」
笑いながら言った台詞に、彼が凍りつく。
それにしても、と手近な布巾でコーヒーを拭きながら思った。
…鍵、変えなくちゃな。
〜I'm HOME!〜
―――Fin.Thank you for Reading!!