甘き香り、陽炎に似て

□あわ
1ページ/1ページ

しゅわしゅわと音を立てるサイダーをかき混ぜて、泡を空気に逃がしていると、目の前の少女がふいに呟いた。

「海の泡になってしまいましたって、綺麗な言葉ですけど、結局消えてしまったってコトですよね」
「…突然、何の話だ?」

その文句で終わるおとぎ話は、正直あまり好きではない。

「人魚姫のお話です。何か、コレ見てたら思い出しません?」
「いや、まったく」

即答してやると、答えるのが早すぎる、と怒り出した。
答えなかったら、もっと怒るだろうに。

「幸せな結末がお望みなら、赤毛の小さなお姫様は泡にならないぞ」
「あれはあれで、全く別物というか…」
「現実はいつもハッピーエンドとは限らない。小さいうちから、そういう話を知っておくのも勉強なんじゃないか?」

運命に逆らって幸せを求めても、不相応な願いは所詮、成就しない。
だから彼女は、人間の王子と結ばれなかったし、彼は人間の女性と結婚した。
…嫌な勉強だな、と自分の考えに顔が歪む。
眉を寄せて唸る彼女に気付かれる前に、サイダーを一気に喉へ流し込んだ。

「う〜ん、そうなんですけど〜」

ぱちぱちと、無数の刺激が押し寄せる。
この泡達はこれで消えてしまったのか、それとも俺と一体になったのか。

「サイダーの泡は、いつか消えるが、海の泡は永遠に失くならないんじゃないか?」

勢いよく顔を上げた少女の動きを追い掛けて、おさげ髪がふわりと揺れる。
大きく見開いた瞳に映るものは、俺には到底わからないけど。
せめてそれが、少しでも優しいモノであるように。
伝わるハズがないのに、彼女は柔らかく微笑んでくれたのだった。



『あわ』


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ