甘き香り、陽炎に似て

□サイダー
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サイダーの泡を見ていると、思い出す物語がある。

「海の泡になってしまいましたって、綺麗な言葉ですけど、結局消えてしまったってコトですよね」
「…突然、何の話だ?」

しゅわしゅわと湧き上がる泡をストローでかき混ぜながら、少年が眉をひそめる。

「人魚姫のお話です。何か、コレ見てたら思い出しません?」
「いや、まったく」
「鳴海さんてば、答えるのが早すぎますよ。少しくらい、思いを馳せてくれたっていいじゃありませんか!」

私の叫びなど、何処吹く風でサイダーを一口。

「幸せな結末がお望みなら、赤毛の小さなお姫様は泡にならないぞ」
「あれはあれで、全く別物というか…」
「現実はいつもハッピーエンドとは限らない。小さいうちから、そういう話を知っておくのも勉強なんじゃないか?」
「う〜ん、そうなんですけど〜」

わかっている。
不満だという訳ではない。
ただ、やりきれない想いが残って、複雑な気持ちになるのだ。
せめてお話の中でくらい、幸せになれても良いのに。

しゅわしゅわと弾ける泡。

「サイダーの泡は、いつか消えるが、海の泡は永遠に失くならないんじゃないか?」

からん、といつの間に飲み切ったのか、彼のグラスで氷が鳴った。
明るい日差しを受けて、テーブルにゆらゆらと影が落ちる。
ひたすら空に向かう、泡、泡、泡。
出来るなら貴方のいる方へと、永久に向かい続けて。



『さいだー』


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