甘き香り、陽炎に似て

□Red Moon
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「ぅわ、何あれ…」

てくてくと帰路を辿りながら、ふと見上げた空に浮かぶ月。
妙に高い位置にあるくせに、それはきちんと丸く、冷たい赤さだった。
何故か目が離せなくなってしまい、思わず足が止まる。

「何か、「俺のことでも思い出したか?」

ぽつり、と呟きかけた言葉に被せて、能天気な台詞が降ってきた。
見上げた視界の隅に、見慣れた顔が覗き込んでいる。

「どうして、こーすけくんのコトなんか思い出さなくちゃいけないの?」
「なんかって、お前なぁ」

真上から見下ろされているのが癪に障って、大股で歩き出した。
苦笑しながらついてくる彼の歩幅が、いつもと変わらないのは嫌味だろうか。

「だってホラ、赤い月だろ?」

さりげなく隣に並んだ彼が、月明かりに手をかざす。
ひっそりと赤いその光が一瞬、彼の手に絡みつくように見えて、慌てて目を閉じた。

「俺の髪の色じゃん、単純に」
「…へ?」

あまりに気楽な調子の台詞に、きょとん、と彼の髪を見上げてみる。
確認するまでもない。
毎日見ているその色は、紛れもない、赤。

「…単純すぎるでしょ」
「やっぱ?」

うしし、と笑う彼の向こうには、未だに赤く丸い月が浮かぶ。
それはぼんやりと柔らかい光を放って、静かにただ、空にあった。

「さっき、こーすけくんが手を挙げたときにね」
「あぁ?」
「赤く見えて、ちょっと気持ち悪かった」
「ばーか」

ぽす、と私の頭に、気持ち悪かったと告げたばかりの手を乗せられる。

「生きてんだから、血が通ってて当たり前だっつの」

そういう意味で言ったのではないことくらい、彼にだって分かっているはずなのに。

そっと見上げると、何言ってんだ、という顔で見下ろしてくる彼と目が合う。
大きく息を吸って、勢いよく手を振り払った。

「こーすけくんにバカなんて言われたくないよ、ばーかっ」
「な、理緒てめぇ、失礼なこと言ってんじゃねぇ、ばーかっ」
「バカって言った方がバカなんだよーだ」
「お前も言ってんじゃねーか!」

くだらないやり取りを重ねながら、もう1度だけ見上げた月は、いつの間にか赤みを失っていた。
帰る家まで、もうあと少しである。


 ≪fin.≫
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