甘き香り、陽炎に似て

□a little promise
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「はい、どうぞっ」

突然、明るく差し出された包みから、歩がじわり、と距離をとる。

「ちょっと!何で下がるんですか!」
「…あんたから貰うような物は何もないぞ」
「鳴海さんになくても、私にはあるんです」

何故か胸を張るひよのに首を傾げながら、中身を聞こうとすると、別の人物がそれを言い当てた。

「あれ、おさげさん。歩にチョコレートかいな」
「チョコレート?」

眉間に皺を寄せた歩に、ひよのが目敏く気付く。

「まさか鳴海さん、今日が何月何日か忘れてるわけじゃないですよね?」
「あぁ?今日は2月14日だろ…」

自分で言って、ようやく目の前の物が意味するところに思い当たったらしい。
あぁそうか、と改めて包みを見つめた。
包装紙から察するに、どうやら市販品のようだ。

「何か変なもん、入れてないだろうな」
「なっ!失礼なこと言わないで下さいっ!!」
「ま、ありがたく貰っとくよ」

ばっと手を振り上げた瞬間、歩が予想外に素直な謝辞を呟いたので、ひよのがぴたり、と動きを止めた。
それをちら、と横目で見た歩は、静かに包みを鞄にしまう。
ひよのも黙って、行き場を失った手を下ろした。

「あー、えーなぁ。歩ばっかり」

僅かな沈黙を破って、火澄がわざとらしく声を上げる。
俺にはないん?と口を尖らせる少年を見て、ひよのがぱちぱち、と瞬いた。

「どうして私が、火澄さんにチョコあげなくちゃいけないんです?」
「うっわ、ひどっ!えーやんか、いっつも一緒におるんやから、義理でも何でもくれたって!」
「いつも一緒じゃありません。火澄さんが勝手にくっついてきてるだけですよ」

ふい、と視線を逸らされて、火澄が頬を膨らませる。
自分のを分けてやるから、と歩が言いかけるより少し早く、ひよのがひょい、と何かを投げて寄越した。

「うわ、え、何?」
「チョコレート。言うまでもないと思いますけど、義理ですから」

それあげたんですから、鳴海さんの分取らないでくださいね、と釘を刺される。
だが、歩が受け取った包みとは、大きさからして明らかな差があった。
一瞬目を見開いた火澄は、くしゃり、と笑って、それでも礼を述べる。

「お2人とも、来月は期待してますから」

にっこりと宣言した少女の言葉に、歩と火澄が揃ってきょとん、とした。

「ちょうど1ヵ月後です。ホワイトデーは3倍返しが基本ですよね」

ふふ、と笑うひよのに、歩はやっぱりな…と息を吐く。
火澄は相変わらず呆気に取られたままだったが、やがて小さく吹き出した。

「あ、火澄さん何笑ってるんですか!義理だってお返しは頂きますからね?」

絶対ですよ!と念を押すひよのに、あやふやに笑って誤魔化す。
軽やかに1ヵ月後の平和を約束させる彼女に、複雑な想いを抱きながら。


 ≪fin.≫
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