甘き香り、陽炎に似て

□3倍返し
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「あんた、ちょっと手ェ出してみろ」
「はい?」

突然背中に掛けられた声に、椅子ごと振り向いた少女が、きょとん、と首を傾げる。
その動きに合わせて、おさげに結われた髪が柔らかく揺れた。

「いいから、手」
「はぁ。手、ですか」

自分の鞄を片手に、ずんずん近付いてくる少年に怪訝な視線で問い掛けるが、答えは貰えない。
手を伸ばせば届くほどの距離で、ぴたり、と立ち止まった彼を見上げて、少女は素直に両手を差し出した。

「鳴海さんたら、プレゼントでもくれるんですか?」
「あぁ、まぁな」
「え」

茶化した台詞をあっさり肯定されて、次の言葉に詰まった。

「ホワイトデーのお返しだよ」
「えっ、わ、ホントですか!?」
「…あんたが1ヶ月前に、散々催促したんだろうが」

呆れて見下ろすと、少女がぱぁっと顔を輝かせている。
期待の眼差しに、思わず笑みが零れた。


―――ばららら、っ


「わ、おわわ、痛っ」

一気に鞄を引っくり返すと、差し出された手の上がカラフルに染まった。



「ちょ、鳴海さん!何ですか、これ!」
「今日はキャンディーデーだからな。単純に、あんたに貰ったチョコレートの3倍量だよ」

3倍返しがお望みだろ?と悪戯っぽく笑われて、少女が絶句する。
両手から零れ落ちたキャンディーは、膝の上では足りず、床にまで散らばっていた。ざっと見渡しても、かなりの数がありそうだ。

「…色気がなさすぎです」
「元がゼロだからな。3倍してもゼロのままだ」
「可愛くないです!」

両手に溢れるキャンディーを、少年に思いっきり投げつける。
いてて、と言いながらも、避けずに攻撃を受けている彼を見て、むっとしていた少女の顔が緩んだ。
色とりどりのキャンディーが散らばる部屋には、甘い香りが立ち込めている。
春の明るい光と共に、2人を甘く包むように。


 ≪fin.≫
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