セピア色に滲む光に
□紙の魚は誰の背に
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自分が師匠と仰ぐ相手に、嘘をつく。
そんなこと、出来るわけがないと思った。
だが、それが許される日があって、その日には例えば、天気予報が『晴れのち曇り、ところによりスパゲッティが降るでしょう』などと抜かすこともあった、という話を聞けば、心が踊ってしまうのも致し方ないと思う。
その話をしてくれたのが、自称お喋り雀の、話し上手な友人であれば尚更だ。
ただ、意気揚々と嘘をついた相手の反応は、思ってもみないものだった。
「何言ってんだ」
秋が怪訝な顔をするので、リベザルはぎくり、と背筋を伸ばした。
「エイプリルフールってのは元々、悪魔を騙して追い払うために行われてたんだから、嘘付いても良いのは夜中だけだぞ」
朝日が昇ったらエンド、と形のよい指を振る。
その動作が、何だかとても不吉なものに見えて、思わず身震いしてしまった。
「あ、」
「秋」
あにき、と助けを求めようとしたら、1歩早く座木が秋を呼ぶ。
その声が何故か楽しげな響きをまとっていて、呼ばれた秋は若干眉間を寄せた。
「ナニカゴヨウデショウカ」
「昨日、林檎を沢山頂いたんです。ですから今夜は」
「どうして果物を夜に出す。朝食にでも食べさせれば良いだろ」
「秋は朝、召し上がらないでしょう」
「そこの赤毛が僕の分まで頂くよ。赤いもの同士仲良しさ」
ふん、と拗ねたようにそっぽを向く秋を、きょとん、と見守る短い赤毛を一撫でして、座木がゆるりと笑う。
「では、私とリベザルで頂きますので、シナモンを一瓶買ってきて頂けますか?」
今度こそはっきりと、嫌そうに顔をしかめた秋を見て、リベザルが慌てて座木を見上げる。
それに小さく笑い返す様子に、秋がこっそり溜息をついた。
「どうせつくなら、楽しい嘘にしておけよ」
「誰が嘘なんて言いました?太陽はもうこんなに高く昇っていますよ」
そう微笑む座木の視線を追えば、昼近い太陽が空気をぬるく温めている。
しばらく渋い顔で外を眺めていた秋だが、やがて、ぶるりと身体を震わせてから立ち上がった。
「そろそろ時間かな」
え?とリベザルが聞き返すより早く、くるりと向き直った秋が、何気なく時計に視線を投げる。
つられて見上げると同時に、長針と短針が頂点で重なった。
「あ、お昼」
「遊びの時間はおしまいですね」
柔らかな声に弾かれるようにして、リベザルが座木と秋の顔を見比べる。
くしゃり、と前髪をかき上げた秋が、愉しそうに目を細めたので、思わず座木の腕を掴んだ。
「さて、では僕は出掛けるよ」
「遅くなりますか?」
自分の部屋に向かった秋に、いつもの調子で座木が尋ねる。
「いや、すぐ帰るー」
廊下から間延びした返事を寄越しながら、ジャケットを羽織った秋が移動していく。
その様子を目で追いかけていたリベザルに、玄関で立ち止まった秋が、ようやく振り返った。
「件の悪魔が人間の嘘にやられてないか、確かめてくるんだよ」
にこり、とそれはそれは綺麗な笑顔を残して、秋が颯爽と出掛けて行く。
リベザルが、エイプリルフールの嘘が許されるのは午前中だけ、という話を座木から説明してもらうのは、これから2時間も後の話。
≪Fin.≫