セピア色に滲む光に

□今日のおしごと
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「おい」

ぬぅ、と目の前に立たれても、秋は驚いた様子を見せなかった。

「そこに立たれると、暗くなってジャマなんデスけど」

むしろ迷惑そうに眉根を寄せられて、零一の方が若干怯む。
いやいや、負けるな。俺は悪くない。

「お前、一日中こんなトコで何やってんだ」
「他人のプライバシーに干渉出来る権限なんてあったっけ?個人の自由デショ」
「店長がいなくて、店はどうしたんだよ」
「有能な部下を持つと、主人には放浪癖がつくのでありました」
「おとぎ話みたいに言うな」

不機嫌な表情を隠すつもりがない零一に対して、秋はあくまでとぼけた素振りを貫いている。
それが余計に、零一の眉間に皺を刻んでいることには、もちろん気が付いていた。

「ゼロイチがお役所でアルバイトって聞いたからさ」

にこり、と見上げる。
手を伸ばせば簡単に届く距離だが、お互いの腕は下がったままだ。

「とうとうゼロイチもココまで来たかぁ、と僕もしみじみしてるんだよ」
「何でお前がしみじみするんだ。それと、ゼロイチって呼ぶな」
「でもさ、お役所もアルバイトなんて雇うんだね」

きょろ、と周りを見回すと、零一と同じバイトを示す名札を下げた若者が、ぱらぱらと目に付く。

「期末で忙しい時期だからな。短期で特別だ」
「ふ〜ん」

大して興味のなさそうな相槌を打つと、どこからか時報が響いてきた。
それを追いかけるように、館内放送が閉館を知らせる音楽を流し始める。

「ほら、今日は閉館だ。とっとと帰れ」
「おー、やっぱきっかり定時切りなんだねぇ」

感心したように言う秋を見て、零一が溜め息をつく。
幸せが逃げちゃうよ、と笑う彼に、視線だけで返して一歩下がった。
素直に秋が、立ち上がる。

「お前、ホントに今日は何しに来たんだ」

何か用があって来たのなら、明日出直さなければならないのではないか。
窓口によって混み合う時間も違うので、分かる範囲なら教えられるか、とぐるりと館内を見渡した零一は、最後に秋に視線を止めて、今考えたことを取り消した。
彼がこういう顔をしているときは、大抵ロクでもない言葉を吐くときだ。

「ゼロイチ観察。今日もよく働きました」

にっこりと満面の笑みで言い放つ。
くるくる、と顔の前で花丸を描かれて、零一が思わずよろけた。眩暈を伴う頭痛がする。

「あれ、お疲れ?働きすぎには気を付けてね」

こめかみを押さえながら、ぎろり、と無言で抗議の目を向ける。
ひょい、と肩をすくめてやり過ごした秋は、零一の顔を覗き込むように距離を詰めると、小声で囁いた。

「具合が悪くなった際は、深山木薬店にご用命を」

ぱちり、と片目を瞑ると零一が、げ、と声を上げた。
失礼だな、と呟く声は、言葉に反して機嫌が良さそうで、大きく一歩下がった秋はそのまま、くるりと背中を向ける。

「営業も済んだことだし、僕は帰るね。ゼロイチ、お疲れさま」
「お疲れ…」

条件反射で挨拶を返しかけて、慌てて口をつぐむ。
それに気付いたらしい秋が、ふふ、と髪を揺らして去っていった。
いつの間にか、館内の追い出し放送も終わっている。
もう一度だけ背中を捜すと、ちょうど自動ドアが閉じるところだった。

「…お疲れさん」

呟いた労いは、自分に向けたものか、それとも。


 ≪Fin.≫
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