セピア色に滲む光に

□その他は皆、
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「おはよ、ゼロイチ」
「……」

バイトに出掛けようと、玄関を開けたところで声を掛けられた。
条件反射で扉を閉じてしまってから、零一はそんな時間的余裕がないことに気付く。
今の光景が、幻覚と幻聴であったことを微かに期待しながら、恐るおそる扉を開いた。

「ゼロイチってば、忘れ物でもしたの?」
「…してない」

やっぱり現実だったか。
はぁ、とついた溜め息で、今日の分の体力を粗方使ってしまいながら、零一は手早く戸締りをした。
いつもより早足で歩き出すと、当然のように秋がついて来る。

「何か、歩くの早くない?遅刻しそうな時間でもないでしょ」
「どうしてそんなこと、お前に分かるんだ」
「ゼロイチのことなら、何でもお見通し」

ふふ、と得意気に笑う声を、斜め後ろに聞きながら零一は振り向かない。

「朝っぱらから何しに来たんだ」

呆れたように問うと、きょとん、と一拍間を置いて、秋が隣に並ぶ。
横目で見下ろした先には、ふわりと極上の笑みが浮かんでいた。
真っ白な花びらが幾重にも開くような。…いや、これは錯覚だ。

「お皿、近いうちにって言ったデショ」
「あぁ…そうだったか」

先日、彼が持ってきた座木の手料理の皿である。
料理は美味しく頂いて、皿も全部洗ってあるが、当然部屋に置きっぱなしだ。
だが、取りに戻る時間は既にない。
小さく舌打ちして、零一が眉間に皺を寄せる。

「そういうことは、もっと早く言え。ここまで来たら、戻る時間ないぞ」
「うん。だからまた今度にする」

貸しだからね、と人差し指を立てた。
アポなしで突然やって来ておいて、何が貸しだ。
だが、わざわざ交通費をかけて回収に来てくれるのは有難いのも事実なので、反論の言葉は飲み込んでおく。

「美味かった。よろしく伝えてくれ」
「了解。アイツも喜ぶよ」

秋が自分の事のように、満足気に邪気なく笑う。

「僕のプレゼントと共に、良い誕生日になったでしょ?」
「お前の…って」

思い出すのに、少し時間が掛かった。
途端、零一の顔が不機嫌に歪むのを、秋が面白そうに見上げている。

「ざけんな。あれのどこがプレゼントだ」
「えー、最高だと思ったんだけど」
「意味が分かんねぇ」

最高の意味も、プレゼントの意味も。
…特別、深い意味があっても困るのだが。
すると秋が、ふわりと目を細めて、小さな声で呟いた。
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