セピア色に滲む光に

□期限は明日
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「相変わらず器用だな、と思ってさ」

さっき手に取ったらしい造花のひとつを、細い指の中で、くるり、と回す。
淡い色の花びらが、色素の薄い少年を背景にして、輪郭をぼやかせたように見えた。
零一が言葉を探していると、秋が静かに近付いてきて、零一の頭上に手を伸ばす。

「…何だよ」
「やっぱり主役には花がないとね。どうせ、ゼロイチには無理だろうから、分かり易く花でも挿しときなよ」

ふふ、と顔を寄せて、秋が悪戯っぽく笑う。
左耳に引っ掛けるように、造花が髪に挿しこまれたらしい。
人工の花びらが、頬に触れてくすぐったかった。
じろ、と半眼で見下ろすと、ぱっと造花を取ってダンボールに投げ入れる。
仲間たちの元に帰ったそれは、すぐに他との区別がつかなくなった。

「ちぇ、似合ってなくて良かったのに」
「全然良くないじゃねぇか」

大した未練もなさそうに秋が、ぺろ、と舌を出して目を逸らす。
だがすぐに「あ」と小さな声を出して、零一の手元に視線を送った。

「せっかく持ってきたんだからさ。ゼロイチ、開けてみてよ」

そういえば、ずっと持ったままだった。
そっと床に降ろすと、秋がひとつだけ出ていた座布団に、当たり前のように座る。
期待の眼差しを見て、零一は経験上、こっそり身構えた。
彼がこういう顔をしているときに、何が出てくるか分かったものではない。

「ゼロイチ、はーやーくー」
「ゼロイチ言うな。ガキか、お前は」

駄々をこねるような秋の声に急かされて、箱の中身を引き出す。
側面を開ける形の箱から出てきたのは、箱が示す通り、ホールケーキだった。
彼が言うところの、スペシャル特注品。

「…でか」
「お〜、やっぱり迫力あるねぇ」
「いや、デカすぎだろ。何だこれ」
「何って、ケーキでしょ。ホラ、ちゃんとお店の人に頼んで、書いてもらったんだよ?」

そう言って指差す先には、真っ白なクリームの上に直接書かれた、チョコレートの文字。
“おたんじょうびおめでとう ゼロイチくん”と丁寧に小さな花のイラストまで書いてある。

「ゼロイチはカタカナでお願いしますって、ちゃんと言ったんだから」

だから何なんだ。
ケーキ屋で、人懐っこく注文する彼の様子が、ありありと浮かんで頭痛がした。
こめかみを押さえる零一を気にも留めず、頭痛の元凶は、満足気にケーキを眺めている。

「そういうわけで、誕生日おめでと。ゼロイチ」
「あー、おぅ」
「何だよ、その返事。テレてるの?」
「そう思った経緯が分からねぇ」

1万歩譲っても足りないが、ホールケーキにわざわざ“ゼロイチ”と書いてもらった事は脇に置いたとしても。
そのケーキの大きさが、尋常ではなかった。
ケーキ屋で普通に売っているものといったら、せいぜい20cm前後までではないんだろうか。
だが、目の前にあるケーキは、倍くらいの直径があるように見える。
どうやって作ったんだろう、そもそも何人で食べる事を想定して作ったんだ…と零一がつらつらと考えていると、隣で秋が肩を震わせ始めた。
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