セピア色に滲む光に

□給料日の3日前
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あと3日。
たったの3日。
されども3日。

空の冷蔵庫が、ヴン…と唸りをあげる。
零一はひとつ息を吐くと、重い腰を上げた。
給料日まで、あと3日ある。
だが、その3日間にも仕事はあるのだ。
さすがに飲まず食わずでいる訳にもいかないし、有難い事に完璧な無一文という訳でもない。
そういえば、少し離れたスーパーで特売をやっているという話を聞いたな、と思い出して、ふらりと足を伸ばしてみることにした。


「おや…」
「あ、ども」

スーパーでばったり出くわしたのは、いつも秋についている黒髪の青年であった。
はるばる、こんな所まで買い出しに来たのだろうか。
零一自身も、普段の行動範囲からは外れた場所まで来ているが、久彼山からだって決して近くはない。
自然と隣に並ばれて、その長身にそっと驚いた。
ふいに座木の視線を感じて、咄嗟に適当な袋を手に取る。

「あ、桜庭さん。それ、今日のお買い得だそうですよ」
「はぁ、そうですか」

特に考えずに話したので、座木につられて敬語になった。
思わず口をつぐむと、隣の彼が不思議そうに首をかしげる。

「…こんなもん、どうやって食べるんだ?」

無意識に独り言が口を付く。
改めて見下ろした自分の手元には、見たこともない野菜が握られていた。
その辺に生えている草と何が違うんだ、と考えていると、少し考えるような間を置きながら、座木が呟く。

「ウチでは、鍋に入れたりしますけど」
「…鍋」
「もう、季節じゃありませんよね」

はは、と乾いた笑いを零して、青年が眉を下げた。

「あとは、何でしょう。炒めてみたりしたら、美味しいかもしれませんけど」
「スープで煮込んで、卵を落とすと美味しいわよ」

突然、背後から割り込んできた声に驚いて振り向くと、見知らぬ女性がにこにこしていた。

「あぁ、そうなんですか?」
「そうそう。あと、炒めるんだったら、チキンが合うわね」
「ご親切に、ありがとうございます。お詳しいんですね」

ふわり、と笑顔を取り出した座木に、ぱっと破願した女性がぱたぱたと手を振る。

「やーねぇ、そんな事ないわよ。2人共、1人暮らしなの?」
「いえ、そういう訳ではありませんが…」
「あら、良いわねぇ」

何が良いんだ。
楽しそうに喋り立てる女性に、零一が絶句している間も、座木は笑みを絶やさずに接している。
ひとしきり喋って、ようやく離れた女性の背中を見ながら、ふぅ、と小さく息を吐いた。
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