セピア色に滲む光に
□忘れ事
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「やほ、ゼロイチ。お疲れさま」
GWも大詰めの今日、短期で入ったバイト先から帰った時には、既に夜も更けていた。
出掛ける前に、しっかり確認したはずの玄関が開いていた時点で、嫌な予感はしていたのだが。
「秋、お前は〜」
「遅かったね、待ちくたびれちゃった」
不法侵入された真っ当な文句を言おうとするも、当の秋にさらりと遮られる。
「それ、ザギからの差し入れ。何なら明日食べても大丈夫、だってさ」
視線だけで示された先には、不自然な岡持ち。
ラーメン屋が出前に使う、アレである。
「…お前が持ってきたのか」
「さすがに勝手には歩いてくれないからね」
けど、足が生えて歩くのも可愛いかな、などと1人ごちながら、立ち上がって1つ伸びをする。
「さーて、お疲れなゼロイチの顔も見たし」
「?」
「僕、そろそろ帰るよ」
くるり、と片足で回転して、背中を向ける。
妙にあっさり撤退するものだ、と零一は内心首を傾げたが、正直疲れていたので、これ以上相手をしなくて済むのは有難かった。
「なら、とっとと帰れ」
「うん。お皿は近いうちに取りに来るね」
「あぁ」
見送る義理はないと判断した零一は、秋が空けた、家に1つしかない座布団に腰を下ろす。
食事は明日にして寝ようかと、くぁ、と欠伸を噛み殺した、瞬間
「そうだ、ゼロイチ」
「ぅわ、な、何だ?」
帰った筈の秋の声が、すぐ耳元で聞こえた。
驚いて、床についていた手が、がく、と滑る。
「何、仰け反ってんの」
「お前、帰ったんじゃなかったのかよ」
「うん。そのつもりだったんだけど」
ちょん、と零一と膝を突き合わせて正座する。
「ひとつ、忘れものがあった」
「早く持って帰れ」
出来れば、その忘れ物とやらが、例の岡持ちであることを望むのだが。
しかし、その願いは届かなかったようで、秋はその場をじっと動かなかった。
「…一体、何を忘れたんだ?」
怪訝に思った零一が眉をひそめると、秋も同じように眉間に皺を寄せる。
耳の後ろに指をやって、視線をふわりと逃がしながら、秋が呟いた。
「モノってゆーより、コト?」
「は?」
「オンリーワンは勿論だけど、ナンバーワンも譲れないなぁ、と思って」
何を言ってるんだ、こいつは。
訳が分からないのはいつものことだが、ふと引っ掛かりを覚える言葉の存在に気付く。
忘れたのは“物”ではなく“事”だ、と彼は言った。
…と、いうことは。