セピア色に滲む光に

□He is getting ready
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目が覚めると、天窓から差し込む光が、未だ時刻が朝であることを示していた。
最近、真夏日が続いていたので、早々に夏布団に切り替えた秋は、もぞもぞと再び眠りの世界に戻ろうとする。

が、キッチンの方がやたらと騒がしい。

オーブンで小麦粉を焼く香ばしい匂いや、何やら甘ったるい匂いまでしている。
そこに、まだ声変わりを終えていない少年特有の高い声と、低めのアルトが混じって、生活感を強調していた。
そういえば今日は、午前中に薬屋の客も来る。
あぁ、と浅い溜め息をついて、秋はロフトから滑り降りた。

「おはようございます、秋」
「んー」
「あ、師匠、おはようございます」
「…はよ」

サンドイッチにサラダ、チキンに卵焼き。
ダイニングテーブルに、所狭しと並べられた料理を見ながら、まだ瞼の開ききっていない目をこすった。

「今日は運動会だっけ?」
「どちらかと言うと、遠足です」

秋の前の一角だけ、器用に隙間を空けた座木が、代わりに冷たい麦茶を置く。
グラスを両手で包み込むように持ちながら、秋が眉を上げた。

「今日は金曜だろ?これ、何人分?」
「3人分です。でも、今日は特別なので」

special、とあまり口を動かさずに、秋が繰り返す。
その声に笑みを深くした座木は、さりげない動きでリベザルの手元のボールを押さえた。

「ぅあ、ありがとうございます、兄貴」
「しっかり押さえておかないと、危ないからね」

銀のボールの中では、生クリームが真っ白な塊になりつつある。

「持って行くのに、クリームは固めの方が良いだろうから、もう少し頑張ろうか」
「はい!」

元気良く返事をしたリベザルの、泡立て器を動かす速度が上がった。
それを見ながら、一気に流し込んだ麦茶の冷たさを胃に感じて、思わず息を止める。
するとリベザルが、ぴたり、と動きを止めた。

「何、ニヤついてんだ。気持ち悪い」
「へへへ。今日は柚之助と一緒に、総和さんちに行くんです」

気持ち悪い、と言われたことは耳に止まらなかったらしい。

「それで、この弁当?そんなに長旅だったっけ」
「そうじゃなくて、総和さんと柚之助と俺の、3人で食べるんです」

それは、聞かなくても分かる。

「今日は総和さんの、お誕生日なんです」

…それは、聞かないと分からなかった。

「へぇ、オメデトウゴザイマス」
「俺じゃなくて、総和さんですよ!」
「だからお前を通して、そーわさんにオメデトウを」

きょとん、とするリベザルの赤毛に軽い手刀をお見舞いする。
抗議の声が上がると同時に、玄関のチャイムが鳴った。

「ししょおっ!」
「あ、きっとユノ」
「ほら、リベザル」

苦笑する座木に促されて、リベザルが慌てて玄関の扉を開ける。
紫陽花の大きな一枝と共に現れた柚之助の歓声を背中に聞きながら、秋は階下へ降りて行った。

彼らが今日の主役に会いに出掛けるのは、もう少しだけ後になってから。


 ≪Fin.≫
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