水平線、飛び越えて

□後ろ向きなあなたに
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「例えばここに、1つのおみくじがあります」

今晩の献立を考えながら、ぼんやりと雑誌をめくっていたら、そのページの上にずい、と小さな箱が乗せられた。

「邪魔だ」
「いつもいつも後ろ向きな鳴海さんは、きっとレアな凶なんかを引いちゃうことでしょう」
「おい」
「でも、いつも素直で前向きで美少女なひよのちゃんなら、ばっちり大吉とか出せちゃうわけです」
「何か色々おかしな表現があったが」
「と、いうわけで!」

歩のツッコミは笑顔で無視して、勢いよく雑誌を閉じ、その上に箱を乗せる。
すぱん!がちゃがちゃ、と小気味いい音が部室に響いた。
慌てて手を引いた歩が、雑誌を閉じられたことに声を上げたが、それさえ華麗にスルーする。

「お手並み拝見です。ささ、どうぞ」
「何の話だ」

ひよのの勢いに、雑誌を潔く諦めた歩が、じわり、と身体を引く。とはいっても、椅子に座ったままなので、距離はあまり変わっていない。
見つめ合うこと3秒。はぁ、と面倒臭そうに息を吐いて、歩がその箱を押し返した。

「そんなに言うなら、まずはあんたがやってみろ」
「はい?」
「一発で大吉が出せたら、考えてやってもいい」

その箱は、駄菓子屋に売っているような市販のおみくじだったので、大吉も凶も確率は同じハズだった。
それでも“考えるだけ”という歩の言い分は、卑怯の極みとも言えたが、当のひよのがそれを気にした様子はない。
それどころか、勝負を挑まれてにやり、と不敵な笑みを浮かべてさえいる。

「いいでしょう。ひよのちゃんの底力、見せてあげます!」

とりゃ!と掛け声も勇ましく、1本の棒を引き出す。
そこに書かれていたのは、

「吉」
「…え、あれ?そんなハズは」

もう一度!と再び挑戦するも、次は末吉。何かの間違いです!と3度の挑戦では中吉。
今度こそ!と4度目の正直を見せると、また吉に戻った。

「うぅ、おかしいです。これホントに全種類入ってるんでしょうか」
「あんたが持ってきたんだろうが」

いい加減にしろ、とひよのからおみくじを取り上げ、がちゃん、と机の端に置く。
雑誌の続きを読もうと、改めてページをめくり始めたところで、ひよのが悲鳴を上げた。

「何だよ、煩い」
「な、なな、鳴海さん」

わなわなと肩を震わせる少女が指差した先には、先ほどのおみくじ。
さっきの衝撃で出てしまったのだろう、そこからひょっこり顔を出した棒には確かに、大吉の文字があった。

「…俺の勝ちだな」
「な、し、勝負じゃありませんよっ!うわー悔しいですっもう1回っ」

勝負じゃない、と言いながらも懲りずにおみくじを振るひよのから目を逸らして、笑いを噛み殺す。
雑誌の文字は、まったく頭に入ってこなくなっていた。


ろ向きなあなたに
幸福は案外近くに


Fin.

Ayumu×Hiyono/200805xx
title from:液体窒素とい花



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