水平線、飛び越えて

□遠ざかる君の、
1ページ/1ページ

遠ざかる君の足を止めるには、どうしたらいいか分からなくて、とりあえず影を踏んでみた。

「捕まーえたっ!」
「…何だ?」

お。振り向かせることには成功。
さて、次はどうしようか。

「おい、火澄」
「影踏み、歩も昔やらんかった?」
「…やったような気もするが、忘れた」
「影を踏まれた人は、動いたらあかんねんで」

にかっと笑って見せると、歩がひょい、と片眉を上げる。

「似たようなのが他にもあったな。氷鬼だったか?」
「あー、多分仲間なんとちゃう?」

俺だって、はっきり覚えているわけではない。だからこれは半分くらい、口から出任せだった。
興味なさそうにしつつも、歩は黙って俺に縫い止められている。
影は意外と長くて、手を伸ばしても彼の背中には届かない。

「…で?」
「え、何?」
「動きを止めて、どうするんだ」
「あぁ、どうすんやっけ」

本当に、どうするんだろう。影を踏まれたら、鬼が入れ替わるんだったか?
はた、と突っ立ってしまった俺に対して歩が、あのなぁ、と呆れた声でこちらへ向き直った。

「もうじき日が暮れるぞ」

マズイ。そうなると影が消えてしまう。

「そしたら、世界が全部、影になるだろ」
「…え」
「そうなったら、誰も動けなくなるんじゃないか?」

歩の声が、足元の影に染み込んで、溶けてゆくような気がした。


「なら、いっそ2人で鬼になろか」

呟き落とした言葉に、歩が薄く笑みを浮かべる。

「世界中を相手にして?」
「そう。鬼だけは自由に動けんねん」

どや、と目を覗き込むと、首を傾げて、考えるような素振りをされた。
本気で考えているのかは怪しいところだが、大人しく待ってみる。やがてぱちりと視線が合って、ふわりと彼の表情が和らいだ。
この笑顔には、何だか弱い。

「俺は構わないぞ」
「やたっ」

だがそこで、ふと気付いた。彼の笑みが、悪戯っぽく形を変えていることに。

「鬼になれば、自由に動けるんだろう?」
「あ、あぁ…」
「なら俺は、勝手に飯食って、勝手に寝る」

くるり、と方向転換して、呆気なく歩が歩き出す。
いつの間にか、しっかりと縫い止めていたはずの影は、夜の闇に溶けてしまっていた。

「そんなん、いつもと変わらんやんけ!」

慌てて叫ぶ俺に、振り向かないまま片手をひらひらと振って、一言。

「鬼の自由を阻害するな」


これだから、コイツには全く敵わない。
さて、次はどうしてくれようか。



-end-

敵わないことが分かっていて、それでも突っかかってみて、あぁやっぱり敵わない、と確かめて満足しているような。敵わないことを楽しんでいるかのような。
ちなみに私が小学生の頃やっていた影踏みは、影を踏まれたら鬼が交代していくものでした。
帰り道にやってたイメージです。
Ayumu&Hizumi/20080703+0708.



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ