水平線、飛び越えて

□織姫を捜して
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「あ、おさげさんみーっけ!」

明るい声が、雨上がりの空に響く。
広大な学校の敷地から、今まさに出ようとしていた少女は、ぴたりと立ち止まると、ゆっくりとした動作で振り返った。

「あんまり大きな声出さないでもらえると、有難いんですけど」
「普段のあんたと、大差ないだろ」

ぼそっと呟かれた言葉に、素早く鞄で一撃。
それも僅かな動きでかわされて、いつものことながら、ひと睨みを付け加えておく。

「けど、こんなすぐ見付かるんやったら、もうちょいゆっくりしてきたら良かったな」
「のんびりしてたら、買い物に間に合わないだろ」
「え、何か用だったんですか?」

目の前で交わされる2人の会話に、ひよのが首を傾げた。
歩は嫌そうに顔を背け、火澄が嬉しそうに顔を向ける。

「今日は七夕やろ」

「……」
「……」
「…えぇ、それで?」

それで説明が付くとでも思っていたのか、火澄が笑顔のまま、ひたと固まった。

「…な、何や、改めて聞かれると、言い辛いねんけど」

器用にほにゃり、と眉を下げる火澄の横で、もう1人の少年が何でもないことのように言葉を繋げる。

「七夕だから、織姫を捜しに行くんだと」

「……」
「……ははぁ」

ひよのの薄い反応に火澄が、ぐ、と言葉を飲み込む。
その様子が情けなくて、2人がこっそり笑いを噛み殺したことに、当の火澄は気付かない。

「で、私が織姫ですか。それはそれは光栄ですね」
「あんた、台詞が棒読みだぞ」
「鳴海さんこそ、楽しいときは素直に笑った方が幸せですよ」

ふふ、と漏れた少女の声に、火澄が敏感に何かを感じ取った。

「なら、俺が彦星役でえぇんや?」
「うわ、とうとう役って付けちゃいましたか」

冷静なツッコミに、素直な少年は苦笑で返す。

「まぁ、仮にそうだとすると、です」

あさっての方を向いている歩が、視線に気付いて振り返るのを待ってから、ひよのが続ける。

「1年364日、一生懸命働く見返りにしては、今ひとつですよねぇ」

ふぅ、とわざとらしく息を吐けば、火澄も調子を合わせるように顔をしかめる。

「んー。なら、しゃーない」

とっておき。と悪戯っぽくウインク。
くるり、と人差し指を回して宣言する。

「歩もつけるで」
「乗りました!」
「こら待て!」

素早いやり取りに、巻き込まれた歩も負けずに叫ぶ。

「勝手につけるな軽く乗るなっ!」

しかし、そんなことは既に日常茶飯事で。

「と、ゆーわけで」
「で」

にこり、と人懐っこい笑みが2つ。

「1年364日、頑張って尽くし続けたひよのちゃんに、愛の手料理をお願いしますっ」
「あんたに出会って、まだ1年も経ってないだろ!大体、尽くされた覚えもないっ!」

いつの間にか2人に挟まれる形になっていた歩が、両側から伸びてくる手を振り払う。
だが、機嫌よく笑う2人には、まったく応えた様子もなく。

「あっはは、今夜はご馳走やね!」
「楽しみですねー!」
「人の話を聞け!!」

梅雨の合間の青空に、明るい声が3人分。
それは、遠く織姫と彦星の逢瀬の時間まで、長く短い幸福な時間である。


 ≪fin.≫
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