♪ dream

□4 二つの秘密(挿話)
1ページ/1ページ

「真選組はあまり好きじゃありません」


確かにそう聞こえた。


密偵用の黒装束をまとっている山崎は
深夜のひっそりとした闇夜の中に溶け込んで物音ひとつたてない。


名前の長屋からはずいぶん離れており、
鬱蒼とした雑木林の潜んだ山崎を一般人が見つけるのは
不可能に等しかった。


「真選組はあまり好きじゃありませ ん……か」



山崎が仕掛けた盗聴器が
名前の部屋の中で行われているやりとりを
しっかりと捉えている。



会話の内容からたくさんの事実が明るみにでた。


名前はストーキングされ、家を荒らされており
万事屋に相談を持ちかけたらしい。



そのストーカーの犯人は攘夷浪士である桂小太郎でることが判明したが
家を荒らしていたのは、桂ではなく別の犯人がいるようだ。



名前は父の薬剤処方の研究を引き継いでおり
それが誰かに狙われているらしい。



「確かに真選組はお父さんを斬った組織だ。
 憎くて当たり前だ。だけど……」



山崎はくちびるをかみしめた。


「俺には言ってくれたっていいのに」


名前は山崎が真選組であることを
知らなかった。


何の仕事をしているか、どこに住んでいるか

普段どういう生活をしているのか

真選組の監察であることが知られることがないように

細心の注意を払ってきたつもりだった。



「ああ、そうか。だからか」



本当の自分の姿を隠そうとしている野郎に
誰が自分の厄介事を話すだろうか。



“山崎さんの住んでる場所どこですか?”
“山崎さんはどういう仕事しているんですか?”
“山崎さんはどんなお友達がいらっしゃるんですか?”



そういう、誰でも持つ質問を
すべて自分があやふやにしてごまかしてきたのだ。


名前は、そのたびに少し寂しそうな顔をして笑った。



「こんな男、信用できるなんてできんよ」



そう自嘲して、
部屋の中で桂と一緒に楽しそうに布団を敷く名前の声を聞いていた。


こんなにはしゃいだ名前を見たことがなかった。



自分といるとき、名前はうつむいて
小さな声で話すことが多かった。


しかし桂と接する名前は
まるで無邪気に笑っている。

山崎はぎりぎりと拳を握りしめていたが、
しばらくすると肩を落し、
「俺は何もできないのか」とうなだれるだけだった。



ガブッ



「痛ってぇ!!」



激痛が走り、視界が真っ暗になった。



「定春、拾い食いしちゃダメっていったろ
 今度は何食べたあるか」



神楽の声に続いて、新八の声も聞こえた。



「あれ、山崎さん、
 こんなところで何してるんですか」



「ちょっと、その前にこれ開けて!」

ようやく定春が口を開き、視界が開けると
万事屋の三人が白い眼で山崎を見ていた。



「ストーカーはお前か!!!」



山崎の黒装束、足元に広げられている盗聴器の受信機、
双眼鏡、暗視スコープ、その他もろもろの機材が
ストーカーであることを物語っていた。



「ちょっと待ってください。これには訳が……」



万事屋の三人はうさん臭そうな目で山崎を見ている。



あ、絶対信用されてないよね。
というか、これだけストーカー道具が揃ってたら
そう思うよね。



「違うんです。
 あの、俺、今日の名前ちゃんの様子が心配で、つい」



「へぇ〜。
 つい、盗聴器やら暗視スコープまで用意しちゃったわけね」



まるでゴミ虫を見るような目だった。


山崎は


「確かに今晩は個人的にストーキングしちゃいましたが
 これまでは監察として、任務として、
 名前ちゃんの張り込みや尾行をしてきたんです
 ……やっぱり信用してませんね。
 とにかく、俺は害のあるストーカーではありません」



「銀ちゃん、害のないストーカーなんて、いるアルか?」



「とにかく、俺は一旦屯所に帰って
 桂と名前ちゃんの話を報告させてもらいます。
 桂の野郎、
俺でさえ名前ちゃんの家にあがったことないのに
あまつさえ同じ部屋で一晩を過ごすなんて、
すぐにでもひっ捕らえてやりたいです。
が、今日は名前ちゃんの警護をしてもらわなければいけないので
このままにしておきます」



「ああ、そうかい」



銀時は鼻をほじりながら面倒そうに聞いていた。



その安穏とした表情を見た山崎は銀時に

「ダンナ、うかうかしてられませんよ。
 何か裏で組織が糸を引いているようです」



と忠告めいた口調で告げた。



「俺らが部屋を出て行ったあとの
二人の会話で分かったことが?」



「そうです。
 ダンナ、今回の件はちょっと万事屋だけでは荷が重くなりそうです」

「そうか。
 まぁ、お前も惚れた女に良いところ見せるチャンスだ。
 せいぜい俺らの分の見せ場やるから、がんばれよ
 詳しいことは桂に聞く。
 そろそろ見たいテレビが始まるから俺は帰らせてもらう」



山崎は銀時の言葉を複雑そうに噛みしめたあと
しょぼしょぼとストーカー道具を片付けはじめたのだった。



続き
4 二つの秘密(後)



[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ