♪ dream

□4 二つの秘密(前)
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昨日までぐずついた日が続いていたが、
今日からしばらくはずっと晴れが続くらしい。
春の訪れに、人々の足取りは軽く、
町全体が浮き立っているように思えた。

しかし、
そんな中で名前は沈鬱な表情をして歌舞伎町を歩いていた。
歌舞伎町が江戸の街の中でも、特に人々の足が浮き立った町であるため
名前の表情は一層暗く見えた。

「すみません」

名前の細い声があたりに響く。

「はいはーい、いま出まーす」

中から、からりとした声がして
バタバタとこちらへ向かってくる足音が聞こえた。

「すみません、今月の家賃はもうちょっと待っ――」

眼鏡をかけたおとなしそうな少年が、おずおずと頭を下げて立っていた。

「あの、ここ万事屋さんですよね…?」

名前はきょろきょろとあたりを見回した。

「お登勢さんじゃなかった!お客さんですか?」

「え、えと、お登勢ではなく、名字名前という者です。
 今日は万事屋さんに依頼させていただこうと思ってきました」



「銀さーん!仕事の依頼ですよ!」

うきうきと笑った眼鏡の少年は、奥に向かって声をかけながら
名前を奥へ促した。
まず目についたのは「糖分」と書かれた書だった。
糖分?
もしかして中国の古い故事なのだろうか?

「あれ、お客さんアルか?」

という声で、我に返る。女の子の声だった。

「こんにちは」

中国服に身を包み、
瞳がくりくりした可愛らしい少女が長椅子に寝転がっていた。

「お客さんあるか!こんちわアル」

笑うと色白のふっくらとした頬がさらに愛くるしさを増した。

「おい、神楽。お客さんが来たんだから、早くそこどけ」

名前は声の主の方向に振り向いた。
顔に載せていた週刊少年漫画を机の上におき、
銀髪の、けだるそうな目をした男が名前に問うた。

「今日はどういったご用件で?」

見た目を裏切らず、締まらない口調で話す人だなと心の中で思う。
男は「万事屋 坂田銀時」という名刺を面倒そうに渡し、
こっちの眼鏡は新八、このチャイナ娘が神楽と紹介した。

「あの、最近誰かにつけられている気がするんです」

「ストーカーですか?」

お茶を卓の上に置きながら、眼鏡の少年が名前の顔を覗き込んだ。

「ストーカー、なんでしょうか?昨日はこんな手紙が…」

一枚の便箋にたった一行

「あなたのことが知りたいです あなたとお話ししたいです」

と玲瓏な字で書いてある。

「気持ち悪いアル」

「春は変なものが湧きやすいからなぁ」

万事屋の三人は眉を顰めた。

「これだけならまだよかったんですが、
 昨日、部屋の中が荒らされてしまって…。
 これ以上、
ひどくなれば同じ長屋の人に迷惑がかかるんじゃないかと思って
それで――」

不安のためか、だんだんか細くなっていく声。

「おいおい、
部屋の中まで侵入してくるってのは立派な犯罪じゃねえか?」

「そうですよ、警察にはもう通報したんですか?」

銀時と新八は畳み掛けるように名前に尋ねる。

「いえ、あの…まだです」

「どうしてですか?一刻も早く通報した方がいいですよ」

名前はうつむいた。膝の上に乗せた手を、もじもじと動かす。

「警察が来れば、長屋の人にも迷惑をかけてしまうかもしれないと思って」

「迷惑、ですか?」

「ええと、たとえば聞き込みとか指紋接種とか…」

「それくらいのことなんて迷惑じゃないと思いますけど?」

「いえ…でも…」

銀時は煮え切らない名前と新八のやりとりを、
踏ん反り返って足を組んで、ただ聞いているだけだった。

神楽もそのやり取りに飽きて、
酢昆布を食べだした頃、銀時は口を開いた。

「新八、女はちょっとくらいミステリアスな方が魅力的なんだよ。
 だから、おめぇはモテねぇんだよ」

そう言って銀時は神楽の食べていた酢昆布を一枚取り上げ口に入れた。

「まぁ、要はストーカーを見つけてほしいってぇ、ことだろ。
 その依頼、承った」
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