♪ dream

□4 二つの秘密(前)
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万事屋の三人はパン屋の周りで張り込みを続けたが
不審な人物は見当たらなかった。
勤務を終え、名前は銀時に言われた通りに
店を出て一人で家路についた。
もう日が暮れてしまって、街頭がぽつぽつと点いている。

今夜は朧月夜だ。
ぼんやりして、つかみどころのない月。
もし絞ったら、
果汁が溢れだしてきそうなみずみずしい月。

ストーカー。

自分には一生縁のないものだと思っていた。
手紙を配達している最中の飛脚が
名前のとなりを通り過ぎていった。
先日投函されてきた手紙の内容を思い返していた。

「あなたのことが知りたいです あなたとお話ししたいです」

山崎さんへのことが知りたい
山崎さんとお話しがしたい
自分に置き換えると、途端に手紙の主に親近感が湧く。

「あれ、この気持ち、ストーカーの手紙と似てるかも?」

自問自答が思わず、口をついて出た。
この気持ちは
一体何と名前をつければいいのだろう?
そんなことを考え込んでいるうちに
もう長屋についてしまった。

「何もなくて良かった。
さて、夕飯の支度でもしようか」

そう呟いて、
名前が水瓶に手をかけた瞬間だった。

「神楽ちゃん!そっちに行ったよ」

「銀ちゃん!捕まえたアル」

神楽と新八の声が聞こえ、雑木林がわさわさと揺れる音が聞こえた。
バキバキと枝が折れる音が聞こえた途端

「お前かーーーーー!」

という銀時の声が長屋中に響きわたった。



さきほどの騒ぎで顔を出した近所に謝罪に回ってきた名前は
その間、新八が淹れてくれた茶をおいしそうに一口飲んだ。
銀時も、神楽も、新八もいる。
捕まったストーカーたちは刀を差していたが、
三人がストーカーたちを縄で縛りあげ
猿ぐつわをかませているせいか、さほど恐怖は感じなかった。

しかし、この二人は(いや、二人と一匹というべきだろうか)は
本当にストーカーなのだろうか。

一人は髪が長い、長身の男だった。
目鼻立ちがすっきりしていて、端正な顔立ちをしている。
その双眸で、キッと見据えられると
思わずどきりとしてしまうほどである。

もう一匹は何とも形容しがたい。
白くて丸い。
短いくちばしに水かきの足。
目は丸く、まつ毛が可愛らしく三本ずつ伸びていた。
奇妙な生物だが、何とも言えない愛くるしさが漂っていた。

「あの、万事屋さん、この人たちとお知り合いですか?」

三人に恐る恐る聞くと、

「こんな変態とは知り合いじゃありません!」

と口々に応える。その激しさたるや、唾が飛んでくるほどだ。
その勢いに蹴落とされた名前は
たじろぎながらも言葉が伝わりそうな方のストーカーの目線にあわせて
腰を下ろしてから言った。
「あの、もうストーカーするのはやめてくださいね」

長髪の男は慌てて首を振る。その勢いで猿ぐつわが外れてしまった。

「ちょっと待て、おれはストーカーなどしていないぞ」

「してんじゃねぇか!いま、そこの林から覗いてたろうが」

「ただ隠れて見ていただけだ!」

「この手紙は?」

「それは、俺だがただ名字殿の娘さんと話したくて書いただけだ」

「それをストーカーって言うんだよ」

銀時がすっぱりと言い切ると、桂ははっとして視線を落とした。

「おれは、ただ名字殿の話を聞きたくて……」

「名字殿、って父のことですよね」

「そうだ」

「父はもう亡くなりましたよ」

父が死んでもう何年も経っている名前は
アルバムをめくるように事実を伝えた。

「ああ、やはりそうか。
名字殿には昔よくしていただいた。
ぜひとも線香を手向けさせてほしい」

桂は唯一自由に動く頭を、くっと下げた。

「でもよ、
いくら名前ちゃんの父ちゃんと話したいからって、
家まで荒らさなくてもいいだろが」

「さっきから濡れ衣ばかり着せてなんなのだ!
おれは家なんか荒らしてない!」

桂は烈火のごとく反論した。

それを見ていた新八と銀時は名前を見るなり

「やっぱり、警察に行った方がいいですよ」
「おいおい、警察に行った方がいいんじゃねぇか?」

と忠告した。
しかし、名前はこれまでとはうってかわって口を閉ざしてしまった。

「いえ、それは、ちょっと…」

「名前ちゃん、訳を聞かしちゃもらえないか?」

娘は眉をしかめて、ぎゅっとへの字に口を結んだ。
言い出すべき言葉を、言い出すか言わないか考えあぐねているようだった。

そして、長い時間かかって絞り出したのは

「真選組はあまり好きじゃありません」

という言葉だった。

「どういうことだ?お父上と何か関係があるのか?」

桂は追い打ちをかけるように問責した。
名前は、やはりだまっている。


銀時はそんな彼女を前にして、自分の分と新八の分の茶を飲み干すと

「ああ、茶飲み過ぎた。厠行ってくるわ」

と言って、立ち上がった。

「おい、新八と神楽も行くぞ」

新八は神妙な顔つきで、
神楽は「一人で厠が行くのが怖いアルか?」などと言って連れ立って行った。


桂はそれを見て「まったく騒がしい奴らだ」と忍び笑う。

名前はそんな桂を見て、悪い人ではなさそうだと感じた。
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