♪ dream

□(短編)空色の髪飾り
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山崎は手に持っていたビニール袋を躊躇いなく地面に置き、
目に付いた髪飾りを手に取った。
秋の空のような透き通った水色だった。

憎きマヨネーズの黄色に疲れ果てた山崎に
髪飾りの水色はすうっと体に染み込んできた。

ほっと、ため息をつく。

「そういえば、
最近、忙しくて名前ちゃんと会ってないな」

きっと、
この髪飾りは名前ちゃんに似合うだろうな。

あげたいな。

つけてくれるかな。

ああ、でも、
俺の好みを押し付けたら迷惑かな…。


そうして山崎が店先で逡巡していると、
あたりは暗くなり、すっぽりと闇があたりを包みはじめた。
商店街の瓦斯燈がぽっと燃え始める。


「やばいな、
早く帰らないと副長にどやされる」

山崎が焦って、手の中のピンを戻そうとしたとき、
店の奥の引き戸が鳴ったのが聞えた。


「あら、お目が高い。
それ一点ものなんですよ。
今日、この奥の工房で作られたばかりなんです」


と、低い皺枯れた声が聞えてきた。
目を遣ると、
肩掛けをかけた老婆が
店を仕切る障子を開けて出て来るところだった。


老婆は古い机に置いたランプに
ゆっくりとした動作で火を点して、
山崎の方を向いた。


「可愛らしいなと思って…。
 でも、俺の好みを押し付けるのもなぁ、と」


そう言って、山崎は
髪飾りに小さく装飾された小さな花を撫でた。


「好きな人にもらえるのなら、
 何だって、うれしいもんですよ」

老婆は机作業をするために老眼鏡をかけながら呟いた。

「そうでしょうか…」


「ええ」

山崎は
「じゃあ、これ、ください」


「お包みしますか」


「はい」


山崎は包装紙に入った小さな髪飾りを
まるで生まれたての雛を扱うように
大事に懐に入れた。


「さーて、頑張って帰るか!」


マヨネーズが入ったビニール袋の紐が
山崎の手に食い込む。
痛いし、重いし、疲れたけれど、
でも、胸の中は軽くなった気がして、
山崎は屯所へと足を速めた。
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