♪ dream

□(短編)空色の髪飾り
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さっそく山崎は仕事の合間を縫って、
名前のバイト先に顔を出した。


ガラス張りの店で
外からでも名前が働いている様子が見て取れた。
客が少ない時間帯だからだろうか、
名前は布巾で机の上を拭いているところだった。


「名前ちゃん、久しぶり」


「山崎さん!」


仕事中の引き締まった表情が
まるで春が来たかのようにパッと明るくなる。
山崎は変な照れくささと嬉しさがない交ぜになって
思わずうつむいてしまった。


そんな山崎の内面など知るはずもない名前は


「最近、お仕事お忙しいんですか?
 新しいパンが出来たんで、ぜひ味見していってください」


と、うれしそうに話しかける。


殺伐とした男所帯にいる山崎は、
男の声とは違ったやわらかい声にほっとして、
やっと名前と目を合わせることができた。


名前の顔を久しぶりに見たけれど
昨日選んだこの髪飾りはきっと似合うはずだ。
山崎はそう確信して、
隊服の懐から包みを取り出した。


「名前ちゃん、これ、あげる」


名前は不思議そうに手の中のものを見つめたが
すぐに驚いた表情で山崎の目を見つめた。


「え、なんで、いきなり?」


誕生日でもないし、記念日でもないのに、と考えていることは
山崎にも手に取るように分かった。
マヨネーズを求めて商店街を行ったついでに買った、なんて言えない山崎は


「気に入ってくれるといいんだけど…」


と言って、名前に包みを開けるよう促した。


名前はそっと髪飾りを取り出した。
やさしく明るい水色が、もうすでに名前の指を飾って
山崎はそれだけで言い知れぬ充足感を味わった。


「かわいいです。はこべの花ですね。
すごく綺麗な細工…」


名前は長い髪を耳にかけて
そこにもらった髪飾りをさした。
名前の顔立ちによく映えている。
顔を紅潮させてうれしそうに鏡を確認し、
はしゃぐ彼女がかわいくて、
山崎はただそこに立ち尽くして名前を見守ることしか出来なかった。


そして、少し落ち着いた彼女が
かみ締めるように「大事にします」と言ったのを
山崎は、自分の心の中に大事に仕舞い込んで
店を出た。


誰かに贈り物をすることで
相手が幸せになることはあっても、
自分が幸せになることができるなんて
思ってもみないことだった。


屯所へ戻る道すがら、山崎は「大事にします」と言ったときの
彼女の表情を何度も胸の内に刻み付けるように反芻した。


「あら、この前のお客さん」


山崎はふと声の方向を見遣った。
声の主に聞き覚えがある。ピンを買った店の老婆だった。
買い物の途中なのだろうか、籠を下げている。


「この前はどうもありがとうございました」


「あら、その分じゃ、
ちゃんと彼女に会えたのね?」


老婆はにこにこと笑った。


「あれ、
俺、彼女のこと話しましたっけ?」


「いいえ。でも、あなたが選んだのが、
はこべの花だったから何となくそうじゃないかと思って」


「はこべ、ですか?」


山崎は首をかしげた。
老婆は籠の中から、
どこかで摘んできたのか野草の花束を取り出した。
その中の一輪を差し出した。

「花言葉は、会いたい、よ。
あなたが会いたかったのか…それともその子が会いたがってたのか…。
いいえ、きっとお互いに会いたがってたのね。
だから、あの髪飾りに出会ったのよ、きっと」


老婆はそういって微笑んだ。
差し出された花を山崎は反射的に受け取った。
はこべの花だった。
青々と伸びた茎の先に、小さな花をつけている。



「あれ?」


山崎は花から目を離すと、
先ほどまでいた老婆がいなくなっていることに気がついた。
和服でこんなに早く走れるものか。


「不思議なこともあるもんだ…」


山崎は首をかしげながらも、男所帯の屯所に帰り、
花を水に浸した。
一輪挿しなど屯所にあるはずもなかったから
日本酒のカップになってしまったけれど。



あれから、また土方からマヨネーズの買出しを頼まれて商店街に行ったが、
不思議なことに山崎は
あの店を見つけることができなかった。
名前がつけた髪飾りを目にするたび、
山崎はふとあの店のことを思い出す。





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