♪ dream

□監察の仕事(前)
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監察の仕事は、まず対象を調べることからはじまる。
攘夷志士である名字は天人医学者でもあった。
天人の発達した医学を研究していくうちに江戸の外交情勢を知って
だんだんと江戸の未来を憂慮するようになっていった。
この国の外交に対して批判した本を書いたため、
真選組が強制捜査をした。
その際強く抵抗したため、切り捨て御免になったのだった。


今回、獄舎から逃亡した攘夷浪士とは、
医学者仲間であり名字名前とは
幼い頃からつきあいがあった。


名前は父が討ち入りにあって亡くなってから、
長屋で一人暮らしをしていた。
長屋を借りる際、今回逃亡した浪士から資金援助をしてもらったようだ。
もし、その浪士が訪ねてきたとしても無下に断ることはないだろう。


「おはようございます」


山崎は張り込み先である長屋の窓を開けて、声がした方に耳を澄ました。
ここからは名前の長屋の出入り口がよく見える。
文字通り井戸のまわりで井戸端会議をしていた奥さんたちに、
水を汲みにきた名前が声をかけたようだ。


小さくおっとりとしているけれど、
鈴を転がしたような名前の声だった。


「あら、名前ちゃん、おはよう。
昨日はうちの坊と遊んでくれてありがとうね」


「また遊ばせてください」


最近の若い子はキレやすいとか、
コミュニュケーション能力がないとか言われているが、
名前とほかの長屋の住人とはずいぶん親しい仲のようだった。


「ちょいと名前ちゃん、
昨日、物干し場にまた手ぬぐい落としてたよ
この前は、半襟おとしてたし、
あんた、おっちょこちょいだねぇ」


年配の奥方が長屋中に広がるような声で豪快に笑う。


「わ、またやっちゃった。いつもありがとうございます。
 何で落としちゃうんでしょうか」


名前はそういって笑った。
井戸端にいた女性たちはさすが生粋の江戸育ちだ。
快活明朗で、豪快に笑う。
それに比べて
名前は少し影を持った柔らかな物腰をしていた。
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