♪ dream
□(短篇)七夕
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「あ、お姉ちゃん!]
名前が額に浮かんだ汗を手で拭ったとき、
背後から聞きなれた声を聞いた。
元気のよい声。
名前は手に持っていた洗い物を一旦桶に戻し、
まるで子犬のように飛びついてくる少女を受け止めた。
「お姉ちゃん、お洗濯?」
「そうよ。あなたたちは?」
子どもたちは背丈もあるほどの笹を抱えていた。
今まで真っ白な洗濯物しか視界に無かった名前の眼に、
短冊が色あざやかに飛び込んでくる。
そうか、今日は七夕だった。
「たらいを取りに来たの」
「たらい? 何に使うの?」
「夜になったら、これに水を張って、
彦星さまと織姫さまを映すんだ。
で、二人が会えるように、かきまわすの」
女の子は人差し指で元気よく水をかき混ぜるしぐさをした。
色気もへったくれもない姿に名前は破顔しながら、
自分も幼い頃に亡くなった母が
それを教えてくれたことを思い出していた。
今では珍しくなってしまったけれど、
昔はどこの家庭でもやっていたことだった。
「短冊も書いたんだよ」
「あら、何て書いたの?」
「えっとね…」
そこまできて、
少女は後ろにいる男の子の方をチラッと横目で見た。
そして、小さく名前に手招きをして、
内緒話をするように両手で筒を作って、名前の耳に当てた。
名前は、ははぁと思って、
にっこりしながら耳を傾ける。
「あのね、あいつとずっと一緒にいられますようにって書いたの。
内緒だよ」
「うん、もちろん」
名前はくすぐったい気持ちでそれに応えた。
そう言うか否かのうちに、
少女は怪訝そうな顔でこちらを見ていた男の子の方へ戻って行った。
照れくさいのか、気分が高揚しているのか、
「ほら、ぼけっとしてると日が暮れるわよ」などと言いながら、
男の子の袖を引っ張っていく。
名前はその光景を少し羨ましく思いながら、見送っていた。
「そうか、今日は七夕だった」